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--- おわり ---

 次の朝はパッチリ眼が覚めた。

 ねえちゃんに連れられてアレイさんのお屋敷にお邪魔した。

 でも、どうやらアレイさんはまだ眠りこけているらしい。

「全く仕方ないわねえ。ラック、起こしてきて」

 ねえちゃんはお構いなしに自分一人をアレイさんの寝ている部屋に放り込んだ。

 思ったより飾りの少ない殺風景な部屋で、剣とか槍とか武具がたくさん置いてあった。自分がもらった部屋みたいにドレッサーはなかったけれど、全身が映る大きな鏡があった。

 明るい日が差し込む窓際のベッドからつややかな黒髪がこぼれていた。

 窓からはだいぶ夏に近づいた風が吹き込んでくる。

 ゆっくりベッドに近づいたけれど、アレイさんが動く気配はなかった。

「おはよう、アレイさん。遊びに行こうよ。起きて?」

 反応はなかった。

「ねえ」

 ぱっとシーツをはぐと、アレイさんの体が現れた。

 それを見て、思わずはっとした。

 上半身にたくさんの包帯が巻かれている。胸から腹にかけて、そして肩から腕にかけて。

 アレイさんはやっと自分に気づいてうっすらと紫の瞳を開けた。

「……痛い?」

 恐る恐るそう聞くと、アレイさんは眠そうに答えた。

「少しな」

 その言葉で胸が痛んだ。

 ベッドの脇にかがんでそっと包帯に触れる。

「ごめんね。ありがとう」

「それは……昨日聞いた」

 アレイさんが自分の腕を掴んだ。

 戸惑っていると、強く引っ張られてベッドの上に倒れこむようにバランスを崩した。

「うわっ」

 アガレスさんの元へ行く前にそうしてくれたように、アレイさんは自分を腕の中に大きく包み込んだ。

 びっくりしたけれど、背に当てられた大きな手のひらの感触が心地よくて、思わず微笑んだ。

 また耳元で心地いいバリトンの声が響いた。

「俺のほうこそ……謝らねば」

「どうして?」

「お前を守れなかったから」

 アレイさんは自分の左手に触れた。手の甲には滅びのコインが嵌め込まれている。

「目の前で左腕を悪魔に砕かれた……俺にはどうすることもできなかった……」

「ラースはちゃんとおれに代わりの左手をくれたよ」

「でも、痛かったろう?」

 アレイさんの声はとても悲痛な響きを含んでいてなぜだか胸がいっぱいになってしまったから、答える代わりにぎゅっとアレイさんの肩にしがみついた。

「怖かっただろう。すまなかったな……」

 今まで聞いたことのないくらいやさしい感情を含んだバリトンの声は心の中までしみこんでくる気がした。

 額を強くアレイさんの肩に押し当てた。声が震えるのは止められなかった。

「怖かった。おれの体が……おれの体でラースは銀髪のヒトを殺そうとしたんだ。血がいっぱい出て……鉄の味がして……」

 体の芯から震えるようだった。あの時すら忘れていた恐怖が戻ってきて、息もうまくできなくなるくらい混乱した。

 痙攣するように震えた肩をアレイさんが優しく抱きとめてくれた。

「怖かったよ……アレイさん。すごく怖かった……」

「よくがんばったな……ラック。」

 その言葉で堰を切ったように涙が溢れ出した。

 いつもあんまり泣かないようにしてるのに。ねえちゃんが困るから。わがまま言うとねえちゃんに嫌われるかもしれないから。

 でも、もう止まらなかった。

 アレイさんは何も言わずにずっと大きな手のひらで頭をなでてくれた。


 触れたところから体温を感じるうち、少しずつ落ち着いた。

 泣いている間アレイさんは何も言わずに自分を大きく包み込んでくれていた。

 一度泣いてしまうととてもすっきりした。

「よく泣いたな、くそガキ」

「ガキって言うな」

 言い返したけど、泣いたところを見られた手前あまり強く出られなかった。恥ずかしくてアレイさんの顔を見られない。

「だいたい、遊びに行くために呼びに来たんだよおれ」

「そうなのか?」

「そうだよ!」

 アレイさんを見上げると、紫の瞳はいつもと違ってとても優しい色をしていた。

 明るい陽の元で見るアレイさんは、本当にきれいだと思った。銀髪のヒトを初めて見たときみたいにどきどきした。

 優しく微笑んでくれるのは初めてだったからその笑顔に見とれてしまった。

「今日くらいゆっくり休んでもいいんじゃないのか?」

 アレイさんの腕の中で、珍しく優しい言葉をかけられて、たくさん泣いて疲れていた。

「そうだね」

 きっとここは世界で一番安心できる場所だから。

 目を閉じて、つかの間の休息を味わうことにしよう。


 アレイさんの唇が涙に濡れた目元にふれた気がしたけど。

 ねえちゃんの声が微かに聞こえた気がしたけど。

 全部どっちでもよかった。



 窓からは暖かで爽やかな風が入り込んできて髪を揺らしていた。

 とにかくこの場所は幸せで、

 今はその安心と幸せをいっぱいにして眠りたかったから。


 たとえばこの先もっともっと怖い出来事がたくさん待ち構えていたとしても――

to be continued...



この物語は連作です。


【LOST COIN  -head-】 (本作)

【LOST COIN  -tail-】 http://ncode.syosetu.com/n3665c/

【LAST DANCE -head-】 http://ncode.syosetu.com/n4082c/

【LAST DANCE -tail-】 http://ncode.syosetu.com/n4617c/

【PAST DESIRE -head-】 http://ncode.syosetu.com/n6324c/

【PAST DESIRE -tail-】 http://ncode.syosetu.com/n7899c/

【WORST CRISIS-head-】 http://ncode.syosetu.com/n0921d/

【WORST CRISIS-tail-】 http://ncode.syosetu.com/n0973d/



順にお楽しみください。

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登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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