SECT.3 はじまりの謎
恐る恐る近づいて顔を覗き込んでみる。
「わぁ……」
まるで昔の人が作った彫刻のように端正な顔。瞬きしたらバサリと音のしそうなほど長い睫毛が透き通るように白い肌へ影を落としていた。唇にかすかに残る血痕が白い肌の中で不自然なほどに浮かんでいる――その赤と白の対比はひどく印象的だった。
「きれい……男のヒトかな?」
ヒトを見てきれいだと思ったのは二回目だ。
一番目は情報屋のねえちゃん。
二番目はこのヒト。きっと年は自分より少し上くらいだろう。顔の造形も、髪の色も、透き通るような肌も見たことがないほどに美しく整っていた。
何か大変なことがあったら自分でなんとかしようとせずにすぐねえちゃんに知らせるという二人の間の決め事をすっかり忘れて、このきれいなヒトに夢中になった。
あまりにきれいで触ってみたくなって、欲望のままに手を伸ばした。
そっとシルバーブルーの髪に触れる。
思ったよりずっと柔らかな感触に驚いてさっと手を引っ込めた。
耳が隠れるほどだった青銀髪が揺れて、深紅のピアスが見えた。その赤は白い服に咲いた血の花のように視線を釘付けにする。白い肌と赤いピアスの対比にくらりとした。
そのヒトの美しさに見とれて、しばらくぼうっと呆けて、でも、すぐにまた手を伸ばす。
今度は頬。生気のない、それこそ彫刻のように透き通る肌にそっと触れてみた。
が、次の瞬間!
「!」
そのヒトが目を開けた。
あっと思う間もなく伸ばした左腕に焼けるような痛みを感じる。
「痛っ……」
視界の隅を銀色に光るブレイドがかすめる。どうやらこれが武器らしい。
とりあえず距離を置いた。一足飛びに間合いをきって、負傷していない右手で短刀を抜き放つ。
左肘の辺りから甲にかけて血が伝う感覚があった。じっとりとぬれた篭手が腕にまとわりついてくる。けっこう深くやられたみたいだ。手首近くまで切られてしまっているだろう。だが、確認している余裕はない。
ずきんずきんと疼く左腕をかばって、その銀髪のヒトと対峙した。
瞳の色は濃い群青だった。白い肌に目立つその黒に近い深い色の瞳には何も映っていない。まるで見てはいけない世界の真理を覗き込んでしまったようだ。
怖い。
背筋にゾクリと何かが這う。
路地裏に倒れていたそのヒトは、目を閉じていた時からは想像もつかないくらいに鋭い群青の瞳をこちらに向けていた。年は自分よりいくつか上だろう。
右腕の手甲からまっすぐに銀色のブレイドが飛び出していた。聖職者のような純白の服と物騒なそれは全く似つかわしくない。
しかし、あれが自分を傷つけた武器なのだろう。相手の間合いがわからない以上うかつに近寄れない。
汗が額に粒を作った。
いったいどれだけそうやって睨み合っていたんだろう。
「何者だ」
低い、よく通る声が響いた。
目の前のヒトから発せられていることはすぐ分かった。
「……」
返答できずにいると、そのヒトはブレイドを自分に突きつけた。
「『光』はどこだ」
「え?」
「言え」
ガギィン!
体が勝手に反応して攻撃を受けていた。下から切り上げられたブレイドをかろうじて短刀が受け止めていた。
すごい力だ。このままじゃ……
「吐け! 『光』の居場所!」
「知らない!」
渾身の力をこめて右手一本でブレイドを弾く。
ぽたた、と指の先から血が流れ落ちた。
もう次の一撃は受けきれないだろう。
どうする?どうしたらいい?
刃は目の前に迫っていた。
受けきれない!
反射的に目を閉じた。
が、予想していた痛みは襲ってこなかった。
代わりに、
「がっ……」
鳩尾に強烈なショックを食らってその場に倒れ付した。
そこまでしか、覚えていない。