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SECT.28 ラース

 ベアトリーチェさんに連れて行かれた部屋ではねえちゃんがソファに座っていた。

「ねえちゃん!」

「ラック!」

 思わず駆け寄って抱きついた。

 ふわりとした甘い匂いと共に消毒液の匂いが鼻を突いた。

「怪我したの? だいじょうぶ?」

「大丈夫よ。あなたのおかげで助かったわ。ありがとう、ラック」

 褒められて、素直にうれしくて微笑んだ。

 頭をなでてもらってニコニコ笑っていると、とても聞きなれたバリトンの声がした。

「くそガキが間抜け面してんじゃねえ」

「ガキって言うな!」

 振り向くと、腕や首に包帯が見え隠れするアレイさんが立っていた。

 その痛々しい様子にはっとした。

「だいじょうぶなの? ひどい怪我したんじゃ……」

「こんなものはかすり傷だ」

「やせ我慢しちゃって」

 ねえちゃんはあきれたようにため息をついた。

「このぶんじゃラックと一緒に1週間はお休みね」

「俺はすぐにでも動ける」

「嘘おっしゃい」

 ねえちゃんの言葉にアレイさんはまた口をつぐんだ。

「ごめんね、痛かった?」

 アレイさんに近づいて見上げた。

 自分から近づいて、少しアレイさんは遠くなった。

 アレイさんからは血の匂いがする。きっとたくさんたくさん血を流したんだろう。

「ありがとう、アレイさん。いつも助けてくれて」

 紫の瞳を見上げて、精一杯微笑んだ。

 それ以外にできることはないから。

 ありがとうにたくさんの思いをこめて伝えたい。

「だから……気がついたように素直なこと言うんじゃない。驚くだろうが」

 アレイさんはぽん、と自分の頭に手を乗せた。

 その手のひらはすごく大きくて、腕の中に抱えられた時のように安心した。

「アレイさんの手も好きだよ。あったかくて大きいもん」

 気分的にコインの埋まっている左手は使いたくなかったから右手でアレイさんの胸に触れた。

 とくん、とくんと微かな心臓の鼓動が伝わってきた。

 そのリズムは暖かでとても安心できた。

「イジワル言わないアレイさんはすごく好きだよ。近くにいると安心するんだ」

 手のひらも好き。腕の中も好き。鼓動のリズムも好き。

「だから、どこにも行かないで。ここにいて!」

 アレイさんは驚いたように紫の眼を見張った。まるで何かを迷っているかのように見えた。

 でもそれは一瞬だけですぐにもとの表情に戻って自分を引き剥がした。

「お前はそこのねえさんに付いていくんじゃないのか? それが望みだろう」

「うん。それは今も変わってないよ」

「なら俺はいらないだろう」

「おれはねえちゃんの隣にいる。でも、反対側の隣にはアレイさんにいて欲しいな」

 そう宣言すると、ベアトリーチェさんは困ったように微笑んだ。

「それはまるで母親と父親のようですね」

「アレイが父親っ!」

 ねえちゃんはこらえきれずに笑い出した。

「ほんと、報われないわねえ、アレイ」

「……」

 アレイさんはまたそっぽを向いてしまった。

 でもどうやらそっぽを向くのも口をつぐむのも自分が嫌いだからと言うわけではないらしい。それが分かっただけでも十分だ。

 嫌われてないと分かったら嬉しくなった。

「あらラック、嬉しそうね」

「うん。アレイさんはおれが嫌いなわけじゃないんだよね?」

「そうね。むしろ……」

「やめてくれ」

 ねえちゃんの言葉をアレイさんが間髪いれず分断した。

「俺は帰って休む。くそガキ、お前もとっとと寝ろ」

「ガキって言うな!」

 アレイさんの後姿に叫び返したら、アレイさんと入れ違いに一人のおじさんが入ってきた。

 見たことあるような、ないような。

 あの口ひげは確か。

「……王様?」

 首をかしげながらそう言うと、そのおじさんはにこりと微笑んでくれた。



「さて、何から聞こうか」

 ゼデキヤ王はみんなと同じテーブルに着くと、口ひげを触りながらそんな風に言い出した。

 特別特徴のない顔だから、その辺にいたら普通のおじさんと見分けがつかないだろうと思った。ただ、頭の上に重そうな王冠を載せているおじさんだけれど。

「王様は何が聞きたいの?」

「ラック! ちゃんと敬語を使いなさい!」

「かまわんよ、ファウスト女伯爵。さて、いろいろ聞きたいことがあり過ぎて困っているのだ」

「ラースのこととか?」

「ラース?」

「滅びのコインの悪魔のことです、陛下」

 ベアトリーチェさんが付け加えた。

「ほう。そのような名で呼ぶのか?」

「ラースがそう言った。おれは少なくとも3年以上前にラースと契約してて、今回は実はそのことを忘れてたんだけど、ラースは左腕一本でおれを許してくれた」

「左腕一本、というと……」

「うん。一回ラースに左腕食べられちゃった。でも、新しい腕をくっ付けて行ってくれたんだ」

 そう言って左腕を見せると、王は驚いたように目を見開いた。

 特にコインの埋まっている部分には眉をひそめた。

「なんと……!」

「前例のない処置ですが、特に動作障害などはないようです」

 またベアトリーチェさんが付け加えた。

「なるほど、その力でセフィラを追い払ったのだな」

「セフィラ第6番目、ティファレトの力は想像以上でした。堕天の悪魔は天使の前で呼び出せないという伝承も真実のようです。事実、私はクローセルを戦場に呼び出すことができませんでした」

「そうか」

「銀髪のヒトは逃げちゃったよ。天使さんの力で」

「これまでは全く脱獄の気配も天使召還の予兆もなかったのですが、どうやらそれは内情視察のためと思われます」

「やはり偵察が来ているか。侮れんな」

「今回逃したのは私の過信と油断からです。いかような処罰も受ける所存です」

「いや、今回のことは秘密裏に処理せねばならない。厳罰は与えられぬ。しかも処分としてファウスト女伯爵が休んでしまったらその方が痛手だ」

「寛大なご処置、感謝いたします」

「いやいや」

 ゼデキヤ王はそこで表情を引き締めた。

「ところでミス・グリフィス」

「ラックでいいよ」

「ラック、失礼よ!」

「ははは、面白いお嬢さんだ」

 ゼデキヤ王はひとしきり笑ってからもう一度深刻な顔でたずねた。

「ラック、君はグラシャ=ラボラス以外に悪魔と契約したか、覚えているかね?」

「んー、それは覚えてない。ラースと契約したってことも忘れてたし」

「そうか」

 ゼデキヤ王はそこで席を立った。

「まだ他に気になることは?」

「あ、えーとね、ちょっとだけなんだけど」

「なんだい?」

「おれ、銀髪のヒトの上にいた天使さんのこと『ミカエル』って呼んだんだ。知らない名前なのにさ。んで、その直後にすごくおデコが熱くなったよ」

 今度はねえちゃんの表情がこわばった。

「まるで自分の中にぜんぜん知らない誰かがいて、おれを操ってるみたいだった」

「それに関して、今のところ原因は分からない」

「そう……」

 それは、自分の過去とか銀髪のヒトへの執着とか、全部の謎を解く鍵のような気がした。

 額の熱さと自分の中にいるヒト。銀髪のヒトの天使ミカエル。そうだ、ミカエルさんは自分をなんて呼んだ?

「もういいかね?」

「うん。また何か気づいたら王様に知らせるよ!」

「それはありがたい」

 ゼデキヤ王は優しく微笑んで部屋を後にした。

「ラック、帰りましょう」

「うん!」

 でも、今はいいや。本当に疲れたよ。

「帰ったらフルーツケーキを食べましょう。きっとアイリスがすぐに作ってくれるわ」

「ほんと? アイリスってお菓子作るの得意なの?」

「得意よ。カトランジェの街のカフェのマスターの奥さんに負けないくらいね」

 ねえちゃんがにこりと微笑んだ。

 その微笑を見て思った。やっと日常に帰れるかもしれない、と。

 それはほんのつかの間の夢かもしれないけれど。

「桃がいいよ。真っ白な桃がいっぱいのってたらうれしい」

「はいはい、帰ってアイリスにお願いしましょうね」

 ベアトリーチェさんにさよならして、ねえちゃんと手をつないでパラディソ・ゲートを後にした。

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シリーズまとめページはコチラ
登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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