SECT.22 ティファレト
きゅっと眉を寄せてそう言うと、一瞬置いた後にねえちゃんがおかしそうに笑った。
じぃ様も笑いをこらえているように見えた。
「報われないわねえ、アレイ」
「……」
アレイさんは答えてくれなかった。
心配してくれたり嫌がったり、ガキって言ったりもう分かんないよ!
「ラックはアレイ好きなの?」
ねえちゃんがいたずら好きの猫みたいな金の瞳で聞いてくる。
そしてアレイさんがひどく眼を吊り上げてねえちゃんを睨んだ。
自分は少しだけ首を傾げる。うーん、そうだなあ。
「んとね、声が好き。いろんな事教えてくれんのも好き。でも、口が悪いとこは嫌い!」
その瞬間にねえちゃんは大爆笑した。
何で?
ねえちゃんは笑いをこらえながらさらに聞いた。
「他には?」
「えっと、何か考えてるみたいな時の顔は好きだけど、きゅって眉間にしわがよってるときはあんまり好きじゃない。あ、でもねでもね」
「何?」
「普段アレイさんを見てるのは好き! アレイさん、すごく綺麗だもん。ミメウルワシイってアイリスとリコリスも言ってたよ!」
アレイさんはがたりと席を立って部屋を出て行ってしまった。
しまった。また嫌われたかな。でも褒めたのに何でだろ?
「……この子、意外と面食いなのかしら?」
ねえちゃんが微妙な表情を浮かべた。
「めんくいって?」
「綺麗なものが好きって事よ」
「普通そうじゃないの?ねえちゃんも好きだし、クローセルさんもマルコシアスさんも好きだ」
気まぐれ猫みたいな金の瞳のねえちゃん。金髪碧眼のクローセルさん。褐色の肌にオッドアイの戦士マルコシアスさん。それから――なにより、誰よりもきれいな……路地裏で見つけた銀髪のヒト。それにそっくりなもう一人の銀髪のヒト。
ああ、どうしてこんなに気になるんだろう。群青の深い瞳を思い出しただけで胸が騒ぐ。
少し視線を落として、口をつぐんだ。
銀髪のヒトの事を思い出したのが伝わったのか、場の空気が重くなった。
ねえちゃんは少し声のトーンを落として言った。
「会いたいって言ってたわね」
「うん」
「今でもそう?」
「変わってないよ」
「会ってどうするの?」
「分かんない。でも、あのヒトはきっとおれの過去を知ってるよ。それを聞いてみたい。それよりなにより……すごく、会いたい」
声が聞きたい。姿を見たい。あの銀の髪に触れたい。
どうしてこんなにも惹かれるのか全く分からない。でも、会いたくて仕方がない。
「仕方のない子ね」
ねえちゃんはまた悲しそうに微笑むと、じぃ様に眼を向けた。
「少しくらいなら大丈夫だろう。行ってくるといい。最後の別れだ」
「ありがとうございます、老師」
ねえちゃんは深く頭を下げると席を立った。
「さあ、会いに行くわよ、ラック」
「……うん。」
唐突に会えるとなるとすごくどきどきした。
お客様用の建物を出て、神殿を通り過ぎて、王様の居る建物を横目に見送ってついた先は……とても、大きくて薄暗い塔の前だった。
小さな入り口が一つついているだけで黒っぽい石造りの塔は本当よりずっと大きく見えた。アレイさんの闇色マントを見たときを同じようにとても怖かった。
「ここにいるの?」
聞いたけれどねえちゃんは答えてくれなかった。
衛兵さんが二人居て、ねえちゃんが短く何か言うと中に通してくれた。
入るとすぐに地下へ下りる階段があった。その先は真っ暗で、そこには何があるのか見当もつかなかった。
小さなランプを灯してねえちゃんと二人で下りた。
足元も見えない闇の中、自分の心臓の音と丈夫なブーツの靴音が耳元で鳴り響いていた。
「気をつけなさい。足元が暗いわ」
「うん」
闇には少しずつ眼が慣れていって、足元が見えた。
見慣れたブーツとそこから伸びる脚。もう3年間ずっと見てきたものだ。
「着いたわ」
ねえちゃんの言葉に顔を上げる。
そこには真っ暗に伸びる長い通路があった。その両側の壁には太い鉄格子。
まるで絵本の世界から抜け出てきたような牢獄の光景にまた心拍数が上昇した。
「彼は・・・彼らは敵なの。グリモワール国にとって最大の敵対国セフィロトに仕える神官よ」
「敵?」
「そう。もしかするともうすぐグリモワールと戦争を起こすかもしれない隣国セフィロトにも、レメゲトンと同じ役職がある。それを神官、セフィラと呼ぶわ」
セフィロト国。戦争。セフィラ。
一つ一つの単語がまるで理解できない。頭の中を素通りしていった。
「一つだけ違うのは私たちが悪魔と契約したのに対して彼らが天使と契約を結んだことよ」
カツン カツン
ねえちゃんの靴音が高く響く。
左右の檻に眼もくれず、ねえちゃんは最奥にぼんやりと浮かび上がる最も頑丈な檻に向かっていった。
「彼らはおそらくグリモワール王国の内情視察に放たれたセフィラだったのでしょう。カトランジェの街でアレイに遭遇してその場でかなり暴れたらしいわ」
「それは……もしかして、あの日の前夜?」
「そうよ」
あちこち破損した街の景色と大きく崩れた路地裏の壁、それから怪我をした銀髪のヒト。
あの朝街で見た光景が目の前に浮かんだ。
「次の朝彼は偶然にもラック、あなたと出くわしてしまった。そしてロストコインを持ったあなたをアレイの仲間のレメゲトンと勘違いした彼はあなたを連れ去り、街から離れた教会で監禁したの。きっともう一人の行方を知っていると思ったのね」
「もしかして、おれが殺されそうになった時にねえちゃんが助けてくれたの?」
「正確にはアレイよ。怪我をした方のセフィラを見つけて追って行った先にあなたがいたらしいの」
カツン カツン
靴音が不快なくらい耳に障った。
「一つだけ分からないことがあるとしたら……なぜ彼が最初の晩にあなたを殺さず放置したのかってことくらいね。それは聞いてみる価値があると思うわ」
カツッ
靴音が停止した。
檻の前には二人の衛兵が距離を置いて控えていた。手も入らないような隙間で太い鉄格子が床から天井まではめてあり、その向こうに薄ぼんやりと空間が広がっている。
「彼ら本人にね」