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SECT.20 アガレス

 目の前を、暗黒の霧が覆った。

 渦を巻くように現れたそれは、ほんの数秒後に霧散した。

 そして、その後目の前に広がった光景は先ほどまでとは全く異なっていた。

「寒い……」

 荒涼とした風が吹き抜ける大地には一本の草もない。ごつごつとした岩だけが顔を出す、永遠に続く平坦な地面だった。

 赤茶けた土に生命の兆しはない。

 握っていたはずのコインはいつしか手の中から消えていた。

「人の子か 久しいな 客人は」

 突然のしゃがれた声にはっとして振り返った。

「こんにちは。第2番目のコインの悪魔のアガレス、さん?」

「レメゲトンか」

「はじめまして、ラック=グリフィスです。よろしくお願いします」

「礼儀正しいな 幼き娘」

 荒涼とした大地に不意に浮かんだ老紳士の姿はとても背景とマッチしているとは言えなかった。

 シルクハットを深くかぶっていて顔はよく見えないが、口元の微笑がとても高貴だった。こげ茶色の外套はよく手入れしてあってパリッとしていた。

「黄金獅子の末裔か グラシャ・ラボラスはどうしている」

「ぐらしゃ?」

 首を傾げると、老紳士は唇の端で微笑んだ。

「幼き娘 まだ何も知らぬのだな」

「おれは最初一つだけコインを持ってたんだ。でも、じぃ様はそれが何のコインか教えてくれなかった……それはグラシャ・ラボラスという悪魔さんのコインなの?」

「ふふ 吾に 問うか 知らぬが故の 無謀さよの」

 老紳士はふわりと宙に浮いて自分に近寄ってきた。

 相変わらずシルクハットの中身は見えなかった。

「幼き娘 一度魂が練成されておるが 練成前の魂の跡はまだ残っている それはきっかけを求めあがいている 刻まれているものを感じ取れ」

「?」

「もう一度練成しなおすのだ 先へ進むために 名は魂を表す 捨て置け そして拾い上げよ」

 思わず首を傾げてしまった。

「ぜんぜん答えになってないよ。おれはコインが何なのか聞きたいんだ」

 そういうと、アガレスさんは唇の端で微笑んだ。

「はじまりの前にあるもの それがそのコインの答えだ」

 はじまりの前?はじまりは『そこから』ってことなんだから、その前には何もない。

 もうわかんないよ!

 下手に質問しないほうがよさそうだ。しかもじぃ様は何も教えてくれなかったから自由にやることにしよう。回りくどいことなんてできないもんね。

「答えてくれてありがとう、アガレスさん。でもおれにはちょっと難しいよ。それより、おれはあなたに力を貸してほしいんだ」

「吾と 契約したいと申すのだな」

「そう」

「理由を述べよ」

 また変な答えを返されると困るから、慎重に言葉を選ぶ。

「おれを育ててくれた人がいて、その人はレメゲトンなんだけど、おれがその人と一緒にいるためにはおれもレメゲトンにならなくちゃいけない。そのために、アガレスさんの力を貸してほしいんだ」

 そう言うと、アガレスさんは楽しそうに微笑んだ。

「力そのものを欲する訳ではないのか 幼き娘 ならば なぜ吾を選んだ」

「王様がおれに合うコインを選んでくれた。それがアガレスさんだったんだ」

「王を信頼しているのか?」

「ねえちゃんが信頼してるならおれもする」

「それが育て親か 幼き娘の望みは その者と共にあることか」

「そうだよ。それ以外は何もいらない。ねえちゃんと一緒にいることだけが俺の望みだ」

「幼き娘のすべては 育て親と共にあるのだな」

「おれの世界を創ってくれたのはねえちゃんだよ」

「その育て親は お前と同じ金の瞳を持つのか」

「?」

 自分の瞳は漆黒だ。不本意にもアレイさんのマントと同じ闇色。

「おれの目は黒いよ」

 そう言うと、アガレスさんはそれを無視した。

「育て親は 金の瞳か」

「そう。ねえちゃんの目はたまに王様みたいに輝くよ。そんな時のねえちゃんは少し厳しいけど、凛としてかっこいいんだ」

「帝王の瞳」

「うん、そうだね」

「二つの太陽は 惹かれあい いつしか 互いを 滅ぼしあうだろう」

「え?」

 思わず間抜けな声が出たけれど、アガレスさんはふわりと浮かび上がって自分と距離をとった。

 すっと右手を上げると、どこから現れたのか一羽の大きな鷹がその手に舞い降りてきた。立派な体躯の堂々とした鷹だ。金色の瞳がとても印象的だった。

「では 問おう」

 アガレスさんは左手でシルクハットをぐい、と深くかぶりなおした。

「吾の瞳の色を当ててみよ」

「!」

 難しいこと聞くなあ。適当にあてずっぽう言ったらいいんだろうか。

 でもねえちゃんは、ちゃんと話を聞いてきちんと答えなさい、と言った。きっともっと考えたほうがいい。

 今話の中で出てきたのは金色と、黒。

 金色は王様の瞳。今降りてきた鷹の瞳も金色だ。

 だとすると金色なのかなあ?でも、実際見たわけじゃないしなあ。

「わかんないよ、帽子とってよ」

 眉を寄せると、アガレスは半分笑っているような口調で答えた。

「それはできぬ」

「ひどいや、ずっと隠してたのに分かるわけないよ」

 唇を尖らせる。

 他に何か手がかりはなかったか?ねえちゃんだったらこんな時どんな風に考えるだろう?

「降参か 幼き娘(・・・)

 その言葉に、少し引っかかるところがあった。

 アレイさんにガキって言われたときのようにいらいらはしなかったけれど、その言葉は少し不自然だった。

 礼儀正しいな、と言った。

 もしかして。

「おれはもう20歳くらいだよ。ねえちゃんがいつも言ってる」

「……」

「見た目だけなら幼いっていう年じゃないらしいんだ。それと、ずっとずっと昔の天文学者のゲーティア=グリフィスさんは金色の瞳だったらしいね。おれはそのヒトの子孫らしいって言われたけど、おれの瞳の色は残念ながら黒いんだ」

「……ふふ」

 アガレスさんはおかしそうに笑った。

「アガレスさん、きっとあなたは……眼が見えないんだね。」

 まっすぐにアガレスさんを見つめた。

「だからきっと、アガレスさんの瞳の色はない(・・)。それがおれの答えだ。」

 にこりと笑ってそう言うと、右手から鷹が飛び立った。

「ご名答」

 シルクハットをとったアガレスさんの目は、横一文字に切られたようにつぶされていた。

「!」

「少々 喋りすぎたか 久しい客だったもので 調子にのった」

「……痛くないの?」

 そう聞くと、アガレスさんは少しの間口をつぐみ、幾ばくかの沈黙の後に微かにしゃがれた声でぽつりと告げた。

「古い傷だ」

 鷹はもう一度舞い降りてきて、アガレスさんの肩に止まった。

「幼き娘 穢れなき魂を 育ててきたのだな」

 その声は先ほどより少しだけ優しい響きを含んでいた。

「アガレスさんには、おれが小さく見えるの?」

 しまった、質問してしまった!

 と思ったが、意外にもアガレスさんは分かりやすく返答してくれた。

「吾は視力を失ってから 姿でなく魂を見ている 幼き娘は金の瞳の3つほどの幼女に見える」

「……おれ3年前にねえちゃんに拾われたから」

「育て親が 世界のすべてなのだな」

「そうだよ。おれ、ねえちゃんがいない世界なんて考えられない」

「人の心に永遠はない だがそれ故 願う力は強くなる いつかもう一つの願いを見つけるまでは」

「?」

「だが きっかけは もう見つかっているようだ 時間の問題だろう」

「何が?」

「芽生えるまでには まだかかる」

「アガレスさん、言ってることが難しいよ」

「世は曖昧さにあふれている」

「うん、でも、それは……そうかもしれないね」

 嘘と曖昧さと真実と秘め事と。

 ねえちゃんは絶対に言ってはくれないだろう。なぜ自分との決別を決めたのかを。あの悲しい表情の理由を。

「育て親は 幼き娘を籠に閉じ いつしか育ったことを知り 空へ放つ 幼き娘を思うが故」

「迷惑なのかな? おれはねえちゃんといたいのに」

「身を切る思いは どちらも同じ 恨むでない 幼き娘」

「それでも寂しいよ」

「代わりに 吾が 守護しよう」

「……ありがとう、アガレスさん。優しいんだね」

 にこりと笑いかけると、アガレスさんは唇の端で微笑んだ。

「血を少しもらう 吾らは 血で人を識別する」

「いいよ。ちょっと待ってね」

 と、思ったが左腕が動かないんだった。

 少し躊躇っていると、アガレスさんの肩に止まった鷹がこちらへ飛んできた。

 思わず右手を鷹に向かって伸ばした。

「痛っ……」

 鷹の爪がかすって右手の甲にうっすらと赤い筋が走った。

 ふわりと老紳士がこちらに飛んでくる。

「血の 契約を」

 自分の右手をとって、甲に刻まれた傷に軽く唇で触れた。

 その瞬間に、目の前にコインが降ってきた。アガレスさんの紋様が描かれたそのコインは目の前の空間でぴたりと停止した。

 アガレスさんが右手を離したので、空中のコインをしっかりと掴んだ。

「必要とあらば 吾の名を呼べ すぐに 駆けつけよう」

「ありがとうございます」

「困難を 恐るるな 心優しき少女」

 目の前を黒い霧が包む。

 ここへ来た時と同じだ。

 霧が散したとき目の前に広がっていたのは、神殿の地下にある魔方陣だらけの部屋だった。

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シリーズまとめページはコチラ
登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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