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SECT.12 クローセル

 呆然と天使さんとねえちゃんのやり取りを見ていると、

「ぎいいいん!」

 突然、すさまじい金属音がした。

 はっとしてそちらを見ると、アレイさんの攻撃を避けて銀髪のヒトがこちらに刃を向けていた。

 ねえちゃんの方が少しばかり和んでいたものだから、一方でアレイさんが銀髪のヒトと打ち合っていたのをすっかり忘れていた。

 戦場ではそれが命取りになるって、ねえちゃんは口をすっぱくして教えてくれていたっていうのに。

「しまった!」

「ラック!」

 アレイさんとねえちゃんが同時に叫んだ。

 真っ赤なオーラの銀髪のヒトは銀色のブレイドをまっすぐ自分に向けた。

 群青色の瞳に吸い込まれて、まったく動くことが出来なかった。

「死ね!」

「!」

「やれやれ 致し方あるまい」

 どうしようもなく立ち尽くし、目を見開いたその視界に純白の翼が飛び込んできた。

 褐色の肌と黒髪が翼を翻した狭間微かに捉えられた。

「ぱっきぃ……ん」

 次の瞬間、澄んだ音が響いた。

 目の前をかすめてブレイドの欠片が地面に突き刺さった。

「……!」

 驚いて声も出なかった。

「これで終いだ」

 自分の前に立ちはだかったマルコシアスさんの剣で吹っ飛ばされた銀髪のヒトは、地面の上で動かなくなった。

「あ、ありが、とう」

「礼には及ばん」

 サンダルを履いた褐色の足まであらわになったマルコシアスさんは、剣をきちんと鞘に収めた。

 全身を見て改めてその覇気に圧倒された。

 ぼろぼろになってくすんだ紺の布、炎妖玉ガーネット碧光玉サファイアが嵌め込まれた褐色の肌、鍛え抜かれたしなやかな肉体、まだあどけなさを残す八重歯と表情。背には白い翼をたたえ、頭上に金冠をいただいている。

 あまりに壮麗な姿に、思わずどきりとした。

「大丈夫か 過去を持たぬ少女」

「平気です。助かりました」

 どきどきしながらにこりと笑い返した。

 それを見て満足そうに笑うと、壮麗な戦士はアレイのほうを向き直った。

「アレイ お前はまだ修行が足りぬな」

「……精進します」

 普段口の悪いアレイさんがマルコシアスさんの言葉には素直に頷いたのが少し楽しかった。

 口の悪い天使さんは銀髪のヒトたちをずるずる引っ張ってきた。

「んで? こいつらどうするんだ ねえさん」

「王都に連行するわ」

 ねえちゃんは足元に転がった銀髪のヒトたちを見てそう言った。

 はっとして銀髪のヒトに駆け寄ろうとすると、マルコシアスさんのたくましい腕が自分をとどめた。

「なぜだ」

「え?」

 思わず赤と青の二色の瞳を見つめ返すと、その戦士は厳しい目で自分を見下ろしていた。

「あれは 敵だ なぜ 殺されかけてなお 近寄ろうとする?」

「……ずっと会いたいと思ってた。このヒトはおれの過去に関係あるんだ。もしかするとおれが知らないおれを知っているのかもしれない」

 きっとそれだけじゃない理屈で説明できない感情が関わっていたのだけれど、それを言葉にするのは難しすぎた。

 マルコシアスさんはなぜかとても悲しそうな表情で自分を見下ろして、きっぱりと言った。

「やめておけ アレイと金色猫に任せよ」

「でも」

 話したい。声を聞きたい。あの銀色の髪に触れたい。

 なおも食い下がろうとすると、ねえちゃんが天使さんを促した。

「クローセル、ラックを馬車の中へ」

「あいよ」

「わっ」

 金髪碧眼の天使さんの腕に抱えられて、馬車に強制退場させられてしまった。

 ばたばた暴れてみたけれど、見た目細い天使さんは割合力があるらしい。

「おとなしくしてろ がきんちょ」

「がきんちょって言うな!」

 天使さんは自分を座席に放り出して座らせると、自分も反対側に腰掛けた。

 翼はどう見ても邪魔そうだけど、大丈夫なんだろうか?

「どっからどう見ても 立派ながきんちょじゃねーか」

 この言い方、なんだかどこかアレイさんに似ている。

 つまりは、とても腹が立つ。

「むーっ!だいたい誰なんだよ!ねえちゃんに馴れ馴れしいし……」

「当たり前さあ 俺は お前がミーナねえさんに拾われる前から 一緒なんだぜぇ?」

 にやにやと意地悪そうに笑いながら、天使さんは青空みたいな瞳を細めた。

「お前なんぞに ねえさんは 渡せねえさ」

「……もしかして天使さんは、コインの悪魔さんなの?」

「聞くんなら 天使か悪魔かどっちかにしてほしいねぇ」

「あなたはねえちゃんのコインの悪魔さんですか?」

 むっとした口調で聞くと、天使さんは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

「そうさ 俺はクローセル ねえさんとは生まれたときからの仲よ」

「悪魔さんはみんな天使さんみたいに羽があるの?」

「いーや マルコや俺は特別だねえ 堕天だから」

「だてん?」

「気にすんな 難しい言葉は流していいぜ」

「でも、綺麗だね。さわってもいい?」

「やだ」

「なんでっ!」

「俺の翼を触っていいのは ねえさんだけだっ」

「いいもん、それならマルコシアスさんに触らせてもらうもん」

「あいつのほうが無理さ お前 ほんとに俺等が悪魔だって 分かってるか?」

「さっき自分で悪魔だって言ったじゃないか」

「そういうことじゃねーんだよ もっとこう 怖がるとか 敬うとか」

「何で?」

 この天使さん・・・クローセルさんの言っていることはちぐはぐだ。

 自分は悪魔だと言っておきながら信じているのかと聞くし、これだけ自分から話しかけてからかっておいて、怖がるも敬うも何もないものだ。

 意味が分からない。

 きゅっと眉間にしわを寄せると、クローセルさんははあ、とため息をついた。

「マルコの言うことが 分かりすぎるくらい理解できるなぁ」

「何だよ」

「何でもねーさ」

 クローセルさんははあ、とため息をついた。

 そして、表情を引き締めた。

「だが 気をつけな 俺たちみたいな悪魔は希少だぜ?」

「そうなの?翼があるから?」

「そうじゃない 普通は 人間をよく思ってないってことさ 不況を買って 取り殺されないようにしろよ」

「わかった、覚えとく」

「素直な返事も出来るんじゃねーか」

 その台詞でまた唇を尖らせると、クローセルさんは初めて優しく微笑んだ。

 まさに天使の微笑だった。

 そうだよ、黙っていたらとてもきれいな天使さんなのに。

「もったいないよ、もっとそうやって笑ったほうがいいよ」

「はぁ?」

「クローセルさんはきれいだもん、天使さんみたいだよ!」

「……ありがとよ」

 クローセルさんは複雑そうに苦笑すると、その場からふっと姿を消した。

 残念、もう少し話していたかったのに。

 マルコシアスさんと違って、白い肌と金髪碧眼は天使のイメージにぴったりだった。とても細く見えるけど自分を支えた力は本物だったし、口は軽いけど忠告もしてくれた。

 マルコシアスさんといい、悪魔さんは素敵なヒトばっかりだ。

 でもその余韻に浸る間もなくねえちゃんとアレイさんが馬車の中に戻ってきた。

「銀色のヒトは?」

「もう王都に送ったわ」

「え?」

「私のコインは5つもあるのよ。呼び出せるのはクローセルだけじゃないわ」

 ねえちゃんはぱちりとウィンクした。

「ねえちゃんすごい!」

「一応俺たち天文学者のリーダーだからな」

 アレイさんがぼそりと言った。

「そうなんだ」

「王都に到着して、王様に挨拶したらあなたも国の天文学者としてグリモワール王国に仕える立場になるわ。そうすれば、また私があなたの上司よ。」

「やった! それじゃあ、今までとあんまり変わりないね。」

「そうね」

 ねえちゃんはいつものように明るく笑ってくれた。

 馬車はまた走り出して、王都はもうすぐそこまで迫っていた。

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シリーズまとめページはコチラ
登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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