紙飛行機のお兄さん。
この物語は、自分の初恋の経験を交えて書きました。
しっとりとした恋愛物になった、かな?
きっかけは紙飛行機だった。
小学校2年生のとき、クラスの男子が紙飛行機で遊んでいるのを見て、いいなっと思った。
彼らが遊んでいた紙飛行機が、とてもよく飛んでいたからだ。
自分も、その紙飛行機がほしい。作り方を教えて。そう頼むと、
「これは安西君に作ってもらったものなんだ。ほしいのなら、頼んであげるよ」
と、言われた。
紹介されたのは、2つ年上の4年生のお兄さん。
安西君と呼ばれていた彼は、快く紙飛行機を作ってくれた。
その紙飛行機は、よく飛んだ。
安西君と会ったのは、それから2週間後だった。
茜の小学校には縦割り班というのがあった。1年から6年まで、全校生徒ごちゃまぜで、いくつかの班を作り、先輩後輩の仲を深めようというものだった。
茜はその班で、安西君と一緒だった。安西君も茜を覚えていた。気軽に声をかけてきてくれた。
でも、ひとつ困ったことがあった。茜は昔から人の名前を覚えるのが苦手だ。安西君の名前も覚えていなかった。
「よう。この前のチビだよな」
「……。紙飛行機の、お兄さん」
「そう。覚えてた」
顔はね。そう心の中でつぶやいた。
「お兄さんも、この班?」
「ああ。つか、そのお兄さんって呼び方やめろよ。名前で呼べ」
困った。急いで思い出そうとしたが、ぴんとくる名前が出てこない。完全に、忘れてしまった。
なかなか答えない茜、安西君も気づいた。
「チビ、まさか、俺の名前覚えてないのか?」
正解。なんていえず、茜はだまりこけた。
「覚えてないんだな」
「……」
沈黙。安西君は眉を寄せて茜をにらむ。
怒っている。同然だ。紙飛行機を作ってくれたのに、名前を覚えていないなんて、失礼すぎる。
茜は何もいわず、ただ安西君を見つめた。
安座君が手を伸ばした。その手を黙って見つめる。手は、まっすぐ茜のほうへ伸びてきて、耳をひっぱった。
「みっ!」
この攻撃は予想外だった。驚いて変な声ができた。
「安西」
「う?」
「安西。俺は安西 亮。言ってみ」
「安西、くん」
そうだ。茜は思い出した。安西くんだ、そう呼ばれていた。
「も一回」
「安西くん」
「も一回」
「安西くん」
「も一回」
「安西くん」
「も一回」
「安西くん」
5回呼ばせて、よしっと安西君はうなずいた。
「もう忘れるなよ。また忘れてたら次は、」
耳を引っ張っていた手がほほに下りた。みょーんと茜のやわらかいほっぺが横に伸びる。
「こうだ!」
「みょーおん!」
「おお! よく伸びる」
楽しそうな安西君。ひっぱられた茜は楽しくない。手をばたばたさせて、ほほが伸びてしまうと叫ぶ。
「のびーるのびーる」
「はははっ! さっきからお前、言ってること変だぞ」
そんな茜の反応が、安西君を笑わせる。
「いいか。もう忘れるなよ。会ったら必ずテストするからな」
「あい……」
その言葉通り、彼は茜と会うたびに、
「俺の名前は?」
と聞いてきた。そのたびに茜は、
「安西くん」
と答えた。安西君は「正解」といって、茜のほほを軽く引っ張った。正解しているのになぜ? という問いには答えてもらえなかった。
そんなやり取りが始まって2ヶ月。昼休みの下駄箱で、茜と安西君はあった。
安西君は5人のお友達と一緒だった。茜は1人だった。
またいつものように名前を聞かれると思った。
でも、この日は違った。
安西君は茜の手をとった。握られた手は上に引っ張られる。クラスでの一番小さい茜は、みょーんと、背伸びをするはめになった。
安西君はまっすぐに茜を見下ろしまま、大きな声で宣言した。
「こいつを、俺の妹にする!」
もうすぐ昼休みが終わってしまう時間だったので、下駄箱にはたくさんの人がいた。
たくさんの子が、安西君の宣言に足を止めて、こちらを見た。
こうして茜は、安西君の妹になった。
この日から、茜の生活は安西君が中心になった。
朝は安西君の家まで迎えに行って一緒に登校、昼休みは安西君に誘われたらたとえ友達と約束していても安西君のところへ行き、帰りはホームルームが終わるとすぐに安西君のクラスの前まで行って一緒に下校した。
安西君は茜をかわいがってくれた。だから茜も安西君の言うことなら何でも聞いた。
安西君に持てといわれたら荷物を持ち、待っていろといわれたら何時間でも待った。
この生活は、安西君が小学校を卒業するまで続いた。
安西君が卒業すると、茜も妹から卒業させられた。
その日から茜は、安西君のそばにはいられなくなってしまった。
それからそれから5年。
茜は高校生になった。
チビで、ころころしていた体は、背が伸びて華奢な体つきへと変わった。短かった髪は、背中の半分くらいまで伸びた。日に焼けていた肌は、白くなった。
茜はきれいになった。
でも、くりくりの目とえくぼができる笑顔は相変わらずだった。
入学してから2ヶ月ほどがたった日。
茜は帰るために下駄箱へと向かった。そこには、1人の青年がいた。
茜のクラスの子ではない。それどころか、茜と同い年の子でもない。
青年はじっとこちらを見つめて動かない茜に歩みよった。
茜はまっすぐに相手を見上げた。
「俺の名前は?」
青年から問われて、茜はようやく、目の前の青年の招待に気づいた。
「………安西、くん」
「正解」
安西君がにっと笑った。
ああ、安西くんだ。茜は思った。この後、自分はほほをひっぱられるんだ。でも、安西君は茜のほほには触れなかった。
安西君の手は茜の手を握った。握った手は高く上げられて、もう大きくなったはずの茜は背伸びをする羽目になった。
まさかまた、妹にされるのだろうか。
でも安西君の口から宣言は出なかった。なぜなら安西君の口は茜の口とくっついていたから。
茜は目をぱちくりさせた。今、何が起こった?
安西君は大きな声で言った。
「こいつを、俺の恋人にする」
「ねえ」
「うん?」
「どうして亮くんは、私を恋人にしたの? 宣言したとき、もしかしたら私にはもう恋人がいるかもって思わなかったの?」
「思わなかった」
「どうして?」
「だってお前、俺が好きだろう。俺が初恋で、それが今もずっと続いてるだろう」
「どうしてそう思うの?
「そうなるために、小学生のとき、お前を妹にしたからだよ。ずっとそばにおいておいて、少し離れたって忘れられないくらい、俺に惚れさせていたんだよ」
作品で茜は安西君と高校生で再会しまう。
なぜ中学生でなかったかというと、安西君は小学校卒業後お受験して中高一貫の私立校に入ります。一方茜は普通の市立中学に行きました。なので、中学校では会わなかったのです。
そして茜は高校受験のとき、安西君がいった私立高校を受験して、見事入学したのです。
安西君が茜の入学を知ったのは、茜が入学式で新入生代表の挨拶をしたからです。
お互いにお互いが初恋。ただ安西君はちょっと策略家で、茜のことをきれいな思い出にする気ゼロ。はじめから将来の恋人にする気満々でした。