留学の理由
エドウィンの留学先は、隣の国を少し渡った先にある街だった。
隣国の街と街とを繋ぐ街道が整備されることになり、間にある大河を渡る橋も魔導馬車が走れる程のものに作り変えられるという。
まだおおやけにされていない国の事業計画であったが、王国政府内に居るカーター家の息の掛かった者から仕入れた情報であった。
その情報を仕入れてからのカーター家の動きは早かった。
国境に一番近い国内側の街には既にカーター商会の拠点があった。隣国の街にもカーター商会の拠点を作れば、貿易の拠点となり、大きな足がかりとなる。
その為の拠点作りを、表面上は留学という名目でエドウィンを派遣することとなったのだ。
街道と新たな橋の整備はエドウィンの留学の年数分だけ掛かる予定であった。
それまでに、隣国とを繋ぐ街道はふたつ。
ひとつは黒の森を通るもの。
ひとつは青の大河を通るもの。
隣国をわたる主な経路は青の大河を渡る船だった。しかし、大河は魔道商船を走らせる程の深さと幅はなく、貿易経路には向かなかった。あとは海を渡って大回りするしかなく、隣国との貿易がいまだ盛んではないのはこの為だった。
北に広がる黒の森は河の源流があり、古道があった。
一本道で馬車が通れる程には整備されていて、航路に比べて船代は掛からなかったが、森は深く広大で、古くから生きる魔物や山賊が蔓延り、よほど腕に覚えのあるもの以外は使わなかった。
――この世界にはかつて古代文明があった。
古代帝国が滅び神代の時代は終わり、新たにこの大陸の覇者となるべく、この大陸は幾たびの戦火を繰り返した。
そして古代文明が滅びてから幾千年。
現在、この大陸にはクレスメント帝国、ラジャタール共和国、ファ・ジャ皇国の三大国があり、大陸を囲む海にはいくつかの島があってそこにも小国は存在しているが、主にこの三つの国が互いを牽制し合いながら、国の境で小さな小競り合いが度々あるものの、おおむね平和な時代が永きに渡り続いていた。
カーター商会のあるのはクレスメント帝国。
かつては軍事で栄え、今は失われた魔導研究が盛んで、この国で作られた魔導馬車や魔道灯籠などは三国随一に性能が良いとされている、魔導産業国である。
かつて栄えた古代文明は魔導という力によって栄華を誇ったという。
もはやその文明は失われ、わずかな遺跡と神話のように伝わる過去の魔導に比べれば、いまの魔導の知識は子供の遊びのような力しか残っていない。
それでも魔導という力は強大であり、いまだに人々の暮らしに大きな恩恵を与えていた。
足の速い魔導馬車が走れるような橋と街道ができれば、貿易は盛んになるのは間違いなかった。
隣国のラジャタール共和国は小さな国々がひとつとなって出来た他の二国に比べれば若い国であったが、そのため異文化が交じり合い、また国の面積は広大で珍しい商品を見出し易く、商人にとっては夢のような国である。
橋と街道が出来上がれば、小さな魔道商船でしか行き来できなかった時代に比べればずっと多くの商品が自国へと運べ、また自国の商品も隣国へと渡らせる事が出来る。
エドウィンにとってこの留学は、腕の見せ所であった。
文化と言葉を学びながら、隣国に人脈をつくり、カーター家の名を知らしめる。
彼がこの任命を受けたのは将来、カーター商会を担う若頭であり、親の七光りでなく彼自身に力があるということを知らしめる為でもあったが、もともと商談や算術よりも人脈作りの方を得手としていた彼にとってこれは容易いことであった。
時はあっという間に過ぎ去った。
街道を繋ぐクレスメント帝国側の街も、ラジャタール共和国側の街も、街道が出来上がるにつれ人の流入が盛んになり、大きくなっていった。
そして、どちらの街にもカーター商会の大きな看板が掲げられ、その地位をさらに確固たるものとしたのである。
三年の予定だった留学が結局、街道の完成に合わせて五年に延びてしまったものの、エドの留学は大成功だった。
街道が完成したその日、すでにエドウィンはラジャタール共和国側に作ったカーター商会の拠点を揺るぎないものとして固めていて、そこに信用のおける者を配置し、彼は華々しく帰国したわけである。
この話、ファンタジー舞台なんです