ダンスを終えて
パーティーを終え、邸に戻ればすぐに自室で葡萄酒を煽りはじめた僕に、ウィルはさめざめとした視線を向けながらやれやれと大げさに肩を竦めた。
まったく嫌な男だ。失恋を癒すために従兄弟が自棄酒を煽っているところに侮蔑の視線を向けるなんて。
あれから僕とアマンダ嬢は一曲ダンスを踊った。
ほとんど同じ視線でのダンスなんて初めてのことで、あの薄水色の瞳が始終此方に向けられていることに身体の熱は上がりっぱなし、おまけに緊張で頭も足運びまで混乱してしまった僕は、ダンスは得意だというのに彼女の足を何度も踏むという失態を犯した。
おわりだ。恋は始まる前に終わってしまったのだ。
アマンダ嬢は始終表情を崩さず(さすがに足を踏まれた時は痛そうな顔をしていたけれど)、ダンスを終えたところでしどろもどろに謝罪をしている僕に「お気遣いなく」と一言だけ返して、無表情のままカウチに戻り、再び壁の花となってしまった。そこに再度話しかける厚顔さは、さすがの僕も持ち合わせていなかった。
彼女の内情は表情からは窺えない。だが、絶対に嫌われた。こちらからダンスを誘っておきながらこの失態。しかも自分より背の低い男など、ただでさえ彼女に懸想する男が多いという中では範疇外に違いない。
絶望のあまり葡萄酒をいっきに仰ぎ飲み一瓶空け、すぐに二瓶目に手を付ける。
「おい、いっきに飲みすぎだぞ」
「うるさい! 飲まなきゃやってらんないんだ!」
なんたって、これは自分にとって初めての恋。女性を可愛いと思ったことはあるけれど、人目で心奪われるなんて初めてのことだったのだ。
アマンダ嬢の美しい外見だけではない、あの静謐とした雰囲気にとにかく圧倒された。そして、その目を間近で見て、声を聞いて――落ちてしまったのだ、恋へと。
跪いて愛を、慈悲を乞うて、彼女の薄水色の瞳に自分の姿を映しこみたい、そんな欲求ばかりが募るなんて、信じられなかった。自分が恋に落ちるとこのようにして情けない男になるとは知らなかった。恐らく、相手が彼女であったからなのだろうけれど。
だが全てが終わった。今宵始まったばかりの恋は、太陽が昇る前に塵と化したのだ。彼女をひとめ見た瞬間に色づいた世界が、今では灰色一色となってしまった。
瓶のまま葡萄酒を煽ろうとする従兄弟から瓶を奪い取り、ウィルはグラスを取り出して自分の為の酒と、エドの為の酒を葡萄酒を注いだ。
「悪かった。君達が並び立つまで背の高さを把握できなかったんだ。しかしアマンダ嬢はお前の背が低いことぐらい、まったく気にしなさそうだがなぁ」
あの賢そうな娘がそんなことで男を判断するのだろうか。
ウィルが首後ろを撫でながら首を傾げると、エドは注がれたワインをいっきに仰ぎ飲み、空になったグラスを、割れないのが不思議なぐらいの勢いで卓上にたたきつけるように置いた。
「彼女が気にしなくても、僕が気にする!」
そう言って卓に突っ伏して泣き出したエドに、ウィルはたいそう愕いた。
そういえばしたたかに酔ったウィルを見るのはこれが初めてだ。この従兄弟は泣き上戸だったのか――少々面倒なことになりそうだなと、エドは天井を仰ぎ見た。
そして静かに泣く従兄弟の隣に座り、どう慰めたものかとあぐねる。
そりゃあ、女より背が低いなんてのは確かに男としての矜持が許さないだろう。見下されるているようなのがたまらないという特殊嗜好者もいないわけではないが、従兄弟がそれに当てはまるかどうかは――いや、そんな素質はありそうな気配だが。
そんなことをぼんやりと思っていたウィルは、鳴き声に混じる呟きを拾って眉を上げた。
「――きっと、彼女を傷つけた」
その小さな一言だけで、従兄弟の内情が一瞬で知れた。
自分が想像していたことの真逆のことを、この男は思っていたらしい。
ほとんど背丈が一緒の男と一曲踊らされてしまったアマンダ嬢は表情こそ変えなかったが、きっと良い思いはしなかっただろうと、自分のプライドよりも彼女の心情を気遣っているのだ、彼は。
思えばエドウィンは金に汚い商家産まれと思えないほど、心根がまっすぐで優しい青年だった。威厳を大事にしたり、威張ることが誉れであると勘違いしている者からは、彼の態度がへりくだっているように見えるらしくあまり評価は良くなかったが、つまらないプライドを優先して自分を省みない男に比べれば、その人間性はずっと好ましいものだ。
ウィルは誰よりも優しく、誰よりも傷付きやすい従兄弟が泣く様子を見て小さく嘆息を落とし、すぐに表情を明るいものへと一変させると励ますように声を上げた。
恥をかかせてしまったと、さめざめと泣くエドの肩を豪快に叩く。
「よし、エド! 今夜は飲み明かそう。朝まで付き合うさ」
正直なところ、アマンダ嬢が今宵のことをそう気にしてはいないだろうと、幾多の女と逢瀬を重ねているウィルはアマンダの内情をそう読んでいた。
彼女は人を見た目で判断するような女性ではないだろう。社交界の数多の貴公子たちに誘われ誰にもなびかないのだからきっと、彼女の琴線に触れるのはおそらく見た目ではなくその中身――人間性なのかもしれない。
それはたった一回のダンスでははかれないもの。
ならば何度も逢瀬を重ねて、互いを知ればきっと彼女は心を開いてくれるかもしれない。
一人の女性と愛を深めるよりは女達の間を渡り歩くことの性にあっている自分には到底無理なことだが、ウィルならきっとそれができるだろう。
根気よく彼女のもとへと誘い、あるいは誘い出し、自分を知ってもらえば彼女の意識に触れることができるかもしれない。
おまけにエドはまだまだ成長期、彼女よりも背が高くなる見込みなんていくらでもあるのだから。
そう、何度も繰返してウィルはエドをなぐさめ、励ました。
また機会に恵まれるかもしれないと、そう希望を持たせて晩餐はお開きとなる。
しかし、その機会に恵まれることは、残念ながらなかった。
エドウィン=カーターの隣国への三年の留学が決まったのである。
時間的に余裕がなく、今後の更新間隔はかなり間が開いてしまうかと思います。また、感想を頂いてもすぐにお返事ができないのが心苦しく、一端閉じさせて頂きました。ご感想下さった方々、ありがとうございました。