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頑なな女《かたくななひと》  作者: 夢野
アマンダ=アディソン
4/10

転機、それは最大の不幸

彼との最初の出会いから、もう一年が経っていた。


私ももう二十一歳である。貴族の娘としての花盛りはとうに過ぎている。花嫁衣装を切るのにも少しはずかしいぐらいの歳だ。

エドウィンの出会いから一年。彼と二度目の秋。

わたしにとって、人生最大の転機が訪れた。

それはエドウィンとの結婚をだろうって?

それが違うのだ。私にとって人生最大の転機というのは結婚をではなかったのだ。


爵位の剥奪。


唐突に聞かされたのは、かつて社交界に浮名を流していた父の見る影もない力ない姿から発せられたのは、そんな言葉だった。


理由を聞かされた時、自らの父を愚かな人だとは思いたくなかったが、この時ばかりはゴミを見るような目になってしまった。

カーター家が日々事業を拡大していく様子を見て、妙な闘争心が燃え上がってしまったらしい。古い家筋だけを誇り、貴族年金と広い領土から得られる税金だけで暮らしていた父にとって、カーター家に男としての何かを刺激されてしまったのだろう。

結果、野心に燃えた父は家族の知らぬ間に商売に手を出していて、当たり前だが失敗し、それに飽き足らず抱えた負債をどうにかしようと、不正を働いたのだ。

その不正をが、露呈されれば爵位を剥奪されるほどに愚かな事だと自覚もせずに。

呆れて声も出なかった。嘆き、詰り、罵倒する役目は母に譲り、私は冷静に今後の事を考えた。

爵位を剥奪されたとなれば、領土も国に没収される。今のうちに資材を売って、使用人たちに退職金を与えなければ。行くあての世話ができないので、それぐらいだけはしてやりたい。

半狂乱になる母と父の横で、私は思考を最大限に動かした。

そして考えれば考えるほどに、たどり着くのは婚約者のエドウィンの事だった。

彼に対しては申し訳なさばかりが先立った。

 家柄を欲した彼にとって、この婚約は意味のないものとなってしまう。私に費やしたこの一年が無駄になってしまったのだ。

家柄だけを持て余しているような娘は私だけではないのだ。彼のような男なら引く手多であっただろうに。ちょうど良く条件の合った私の名前が第一に上がっただけで。

私は腹の前で両手を組み、ぎゅっと握り込む。

これはどんなに謝っても許されないことだ。将来を有望された青年の貴重な時間を無駄にさせ、さらにはいつどこで足元をすくわれるかわからないこの社交に生きて行く彼に「没落貴族の元婚約者」という汚点を刻み込んでしまったのだから。

 私は頭が痛くなった。

 良かったのか悪かったのかこの時、エドウィンは仕事の為に長い外洋に出ていた。一ヶ月は戻らないと言っていた。彼が戻ってきた頃には、私の状況はさらに変わっているだろう。

 たとえ許されずとも、彼に謝る機会はあるだろうか。

 私はいまだ罵り合う両親の横で、そんなことを考えていた。

その後はめまぐるしく変わる身の回りの状況についていくのがやっとだった。

もともとあまり身体の強くなかった母は倒れてしまい、生気の抜けた父は使い物にならない。

手紙でことの次第を知った妹はすぐにでも飛んできそうであったが、私は絶対に関わってはダメだと強く言い含んだ。すでに他家に嫁いだの妹には火の粉が降りかかってはかなわない。

 こうなってしまえばエドウィンがこのタイミングで外洋に出て行ったのは良かったのかもしれない。いらぬ迷惑を掛けずに淡々と家の整理が出来たのだから。

私は資材を手早く処分し、使用人たちはすべて解雇した。微々たるものだが退職金も出せた。よく仕えてくれた使用人たちは恨み言ひとつ言わずに去っていく。

最後、古くから仕えてくれていた老執事のマーロと、その妻のエリザだけが頑なに解雇を拒み、仕方なしに投げ売った資材で得た余りで購入した郊外にある古くこじんまりとした屋敷の最後の使用人として、彼らを雇った。

資産は没収されたとはいえ、僅かな温情はあったので、父と母が生きていく金ぐらいなら十分手元に残っている。それに、妹の嫁いだ先から仕送りもあった。なんて素敵な家に嫁いだのかしら、シェリーは。

 そして最後に残ったのは私だ。

 ドレスもすべて売り払ったので、新たに購入した古着を着込んでいる。くすんだ灰色のドレスは不思議とわたしに馴染んだ。本来、こうあるべきだったのではないかと思うような姿が、鏡の中にあった。

新しい家に、父と母と一緒に住んでも良かったのだが、このままでは単なる穀潰しとなってしまう。貴族の女は働くことを許されなかったが、幸いにしてもう貴族ではない私は今はただの女はである。

 働きに出よう。できれば家を出て、住み込みで働けるところがいい。家にはできるだけ負担をかけないのが望ましい。

 最初はどこかの子息の家庭教師にとでも思ったが、没落貴族を家に迎え入れるなど外聞悪くて引く手はないだろう。

 ならばいっそ――いっそ、市井に降りてみるのはどうだろうか。

 思いつきは非常に良いものに思えた。働いたことにないこの手がどれだけのことができるかわからないが、しかし私は高位貴族ほどに世間知らずと言うわけでもない。無理だと思ったら一度帰ってきて仕切りなおせばいいのだ。一度ぐらい挑戦してみてもいいだろう。

 決意すれば私の行動は早かった。

 あと一週間もすればエドウィンが外洋から帰ってくることは頭の片隅にあった。しかし、こうなってしまえば会える事もないだろう。価値のなくなった女である私に対して、忙しい彼がわざわざ時間を割くとは思えない。

 謝りたいことはたくさんあった。同時に御礼を言いたいこともたくさんあった。この一年は楽しかった。仮初であっても恋人気分を楽しませてくれた。彼とのおしゃべりも、誰よりも私の心を弾ませてくれた(ほとんど一方的に彼が喋って、私は相槌を打っているだけだったけど)

 謝りたい。こんなことになってしまったことを。

 ありがとうと言いたい。私に素敵な思い出をくれたことを。

 しかし全ては叶わないだろう。彼の人生に、今後一切関わらないことが最大の謝罪になるはずだ。

 私はすべての見切りをつけ、いまだ生気の抜けっぱなしの父とすっかり寝付いてしまった母をマーロとエリザに任せ、最低限の荷物を手持ち鞄に詰め込んで、市井へと降りたのである。

 母にこれ以上の心配をかけてはならないと思い、具体的な行き先は告げなかった。マーロとエリザはだけは、定期的に手紙を送るから心配しないでとだけ言って。

 私達姉妹を子供のように可愛がってくれた彼らは引きとめたけれど、私の強さを同時に知っていたので、最後は「お身体にだけは気をつけて、つらくなったらすぐにでも帰ってきてくださいね」と涙混じり言って見送ってくれたのだ。

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