アマンダ=アディソンという女
最初の人生の転機が訪れたのは、わたしが二十歳になったばかりの春だった。
人生の転機ーーといえば女にとって最大は結婚だろうか。貴族位を持つ娘となればまずは社交界デビュー、婚約者選び、そして結婚、出産。
すべては殿方に関する事ばかりだ。結婚が人生のすべてを決めるいっても過言ではない。いや、結婚が人生のそのものといっても過言ではないだろう。
家筋だけは良いけれどあまり裕福ではない下流貴族であるわたし、アマンダ=アディソンもそんな人生を辿るはずの女だった。
だが、辿るはずの道筋をわたしは大きく外れて生きていたように思う。
すこし、わたしの話を聞いてくれるかしら?
少し長くなる話なのだけど、ひとりの女の半生を――
奥ゆかしさと愛嬌、決してでしゃばらず、夫の身を立てる賢さと、したたかさを持つのが、高貴な家に生まれた女にとって美徳とされた。そこに夫が愛人を持っても悋気を起こさない寛容さが加われば完璧だろう。さらに見目の麗しさが加われば男にとっての理想の女神の出来上がりである。
そんな女が実際にいるのかって?
これが実際にいるのだから驚きだ。そんな娘が、わたしの妹だというのだから二重に驚きであろう。
五歳差の妹のシェリーは波打つ金髪に緑の瞳。大きな瞳をふちどるけぶるような睫毛。陶器のように滑らかで白い肌。薔薇色の頬は熟する時を待つ果実のようだ。華奢な手足、だからといって細いばかりではない。
性格も悪くない。少しつり目気味の大きな瞳からこぼれる光はそのまま勝気さを物語っているが、彼女の愛らしい見目であればそれは欠点にはなりえなかった。人見知りをしない性格とお喋り好きが彼女の周りに常に人だかりを作る。
十五で社交界デビューし、あっという間に殿方の心をつかんだ彼女は一年足らずで婚約者を見つけた。家柄も釣り合い、思い思い合う彼女たちは素晴らしいまでの恋人同士となった。
誰も反対などしない。誰からも愛された妹は、皆から祝福され、婚約から三年後、十八歳の時に妹は愛する男のもとへと嫁いでいった。
さて。そんな妹に比べ、私はどうだろう。
妹と同じ年齢で社交界デビューし、季節ごとに催されるパーティーやお茶会に足を運ぶもすっかり壁の華として定着していた。いや、花というよりも屋敷の壁につたう蔦であろうか、それぐらいに壁と同化する事に慣れてしまっていた。
妹は蜂蜜色の金髪にであったが、私は炭のような黒髪だった。波打つような巻き毛だった妹とは違って私の髪は熱いコテで念入りに巻くも数刻でもとに戻ってしまうような頑固な直毛。
華奢で守られる為に生まれてきたような身体つきの妹とは違って、わたしの平均的な女性に比べ背が高く、肩幅もあるので流行のドレスは直さなければ着れない体格をしていた。肌質は悪くはないが妹はほどの白さや滑らかさはない。
瞳の色は薄蒼。唯一、自らの身体の中で気に入っているところだ。だが、その上に弧を描く眉は少々凛々し過ぎて、人に冷たさを与える印象である。
顔立ちは悪い方ではないと思う。妹は社交界の花と唄われた美しい母に似て、私は数多くの女性と浮名を流したと噂された父に似たのだから。
妹に「おねえさまは男に生まれていたらさぞかし社交界を騒がす美男子になったでしょうね」と揶揄されるぐらいである。
そう、父に似てしまった顔自体は悪くはないのだが、女らしさが微塵も感じられない面立ちなのである。私の中で女らしい点といえば、少し人より大きな胸と張り出た腰ぐらいか。だが、こんなものは数ある欠点を覆すような手助けはしてくれない。
また、生来の愛想のなさが見目と合間って、よほど人を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているのだろう、殿方から一度も乞われたことがなかった。
それはそうだろう、自分とほとんど同じ目線の女など、相対したときさぞかし居心地が悪かろうと思う。
これで愛想があればまだマシだったのかもしれない。だが私はなにもかも妹と反対で――人と居るよりはひとりで本を読んでいたい。そんな静かさを好む性質だった。
義理でダンスのお誘いをしてくれる殿方はいたが、それだけだ。会話は弾まなければ、愛想笑いしかしない私に一度で嫌気が差すのか、私に声をかけた殿方はそれっきりで二度と私に話しかけてはこなかった。
そうして社交界デビューから五年経った。妹が嫁いだ年齢をもう二年も過ぎている。
本当は気質の合わない社交の場から遠ざかったのだが、妹の付き添いという名目上、そうもいかなかった。だが、そんな妹が嫁いでからはその必要もなくなり、当たり前のように社交界には足を運ばなくなっていた。
嫁き遅れと言われるようになるまであと一歩――そう遠くない未来にそのようなあだ名されるだろう。
だが、私はそれでよかった。自身の評価は自身で十分にできている。とうの立った女など、よほどの物好きか、好色の変態爺ぐらいしか欲しがらないだろう。幸い、見目がよくないので後者からのお声はかからないが。
両親には悪いが、このまま独り身を貫いても構わないと思っている。古いだけの家柄で、たいした資産もないので政略的な婚姻もないだろう。ひとりでいることが好きだったし、こんな見目の私を妻にする殿方を思うと憐れである。
家は先の夏に産まれた妹の子ども、男の双子だったので将来片割れを養子に入れれば問題ないだろう。
いかず後家になりそうな私を両親は、とくに母は社交の場に出るように促したが、二十歳を過ぎた頃には何も言わなくなった。だから私は気楽に過ごしていた。
そんな心穏やかな日々が過ぎていたある日、私に最初の転機が訪れた。
なんと婚約者ができたのだ。