1姫
恋が人を盲目にさせるというのは、馬鹿みたいにそのとおりらしい。
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人は誰しも一度は異性に憧れて、びっくりするほどのめりこんでしまうことがあることだろう。いつの時代にもどこの学校にもアイドル的な存在というのはいて、そういう人は噂の的になるものだ。
僕の学校も例外ではなく、男子がみな振り向くような女の子がいた。しかし他と違っていたのは、それが男子が振り向くという程度のものではなかったことだ。
彼女が初めて僕らの中学に来た時のことを覚えている。というか彼女が来る以前からすでに噂が流れ始めていた。
それはあまりに可愛いため、人が死んでもおかしくない。
僕はそのころちょっとクールを気取っており、そんなみんなの興奮の輪を少し遠巻きに見ていた。そんなわけあるか、なんて気にしない素振りを見せていた。
だいたい可愛い女の子くらいこの学校にもいるし、可愛いというだけでどうだというのか。腹が膨れるわけでも病気が治るわけでもない。
子供な僕はそのころちょっと流行にはむかっていた。
そんなわけだから実際にその女の子が転校してきて、目の当たりにしたときには衝撃をうけた。自分の感情にだ。
それはあまりに可愛いために、可愛いという表現では表せないほどなのだ。彼女の前では皆が詩人だった。
いわく、彼女は野に咲く一輪のバラ、いや太陽である。
いわく、その瞳には人生の真理が映っている。
いわく、彼女が愛してくれるならば目をつぶされ皮を剥がれても構わないだろう。
いわく、もう好きすぎて死にたい。
そんな周りの反応を知ってか知らずか彼女の振る舞いは極めて上品で、それでいて快活で、若い女の子のみずみずしい躍動感にあふれていた。これは次郎の弁である。
「あれは今の時代に珍しい本物の女性だぜ。ぜひとも守らなければならん。なんせ彼女こそ、あらゆる女性の唯一のゆるぎない良心みたいなもんだからな」
次郎はそう言って目を細めた。彼は野球部の主将で、坊主刈りに中学生とは思えないような恵まれたガタイを持っている。そんな容姿に似合わず事のほか繊細な感性を持った彼の言葉を、友人たちの中でも僕は特に信頼している。
人望厚い次郎の言葉は仲間内でことのほか真剣に取り上げられ、いつしか現実的な行動に移されようとしていた。




