薫風
夏、七月。風が生ぬるくなって、汗ばむ時期。
あの少女は、またやってきた。
「コウ!久しぶり!!」
「優璃。テストはどうだったんだ?」
「え、なんでそれ知ってるの?」
「この時期はテストがあるだろう」
俺がそう言うと、優璃はうーん、と唸った。
「国語と英語は良かったの。得意だし。でも、理科が・・・ちょっと」
「何点くらいだったんだ?」
俺が訊くと、優璃はバツが悪そうな顔をしながら、
「93点」
と言った。
「それだけとれれば充分だろ」
「国語と英語は100点だったし、社会と数学も95点以上だったの。理科だけ駄目だったの」
「俺が中学の時は80点でも嬉しかったぞ」
「80点!?」
優璃は驚きながら俺を見た。
「・・・お前と違って、何かに縛られてるわけじゃないからな。楽だったよ」
「わ、私だって何かに縛られてる気はないよ?」
「縛られてるだろ、羽鳥家に」
少なくとも・・・今は。
コイツの教育は目を瞑りたくなるようなものらしい。
日々勉強、勉強、勉強。時間まで部屋から出ることは許されない。友達と遊ぶのは論外だ。
そんな生活を嬉々としながら話す少女。
「縛られてる、かな・・・?私はそうは思わないけど」
「白鳥家の長女なんだ。未来は薄汚い女になるんだろうな」
鼻で笑ってみせると、優璃は物凄く悲しそうな顔をした。
「・・・そんな風には、ならないよ。私」
「どうだろうな」
檻の日陰でぐったりしながら、目線は真っ直ぐ優璃へ。
少し俺の方が分が悪いか。
俺はそのまま話題を逸らせた。
「・・・暑くないのか」
「え?あー・・大丈夫だよ。うん」
何がうんなのかわからないけど、笑ってるから大丈夫なんだろう。
「ねえ、来月にはここの緑が綺麗になってるよね?」
「そうだな」
「花冠つくれるかな?」
「出来なくはないだろうな」
「うん、じゃあ今度コウにも作ってあげるね!」
先ほどの言葉なんて気にしてない様に優璃は笑った。
新緑の香りがする。気持ちの良い風が吹いた。
この関係はいつまで続くんだろう。
きっと、いつか終わるんだろう。