月明かりの君
朝。朝日が窓の中に入ってきた。
目をこすりながら起き上がり、まわり見回すと、メイド服を着た女の人が3人、入り口付近に立っていた。
「お早う御座います、優璃様」
「おはよう。・・・今日って、何かあったの?」
「本日は婚約者様とお会いする日ですよ」
「・・・ああ、そうだった。何時から?」
「正午からです」
「わかった。じゃあ、お願い」
そう言うと、メイド3人はそれぞれ準備をし始める。
「お召し物を」
「うん」
寝間着を脱いで、なされるがままに服を着、髪の毛を弄られる。
「終わりました」
「ん。ありがとう」
少しだけ大人っぽくて、でも可愛らしい服に、それに合った髪の毛のアレンジ。
・・・これが汚れたり崩れたりするのは気が引けるけど、まあ、いいか。
そんな事思いながら少し笑う。
「どう?似合う?」
笑いながら言うと、メイドの一人が微笑みながら、
「ええ。とっても」
と言ってくれた。
それが嬉しくて、でも少し悲しかった。
昼が来た。
私の許婚は、私より二つ上の受験生だった。
でも推薦受験でもう結果は出てるらしく、落ち着いた笑みで私をじっと見ている。
その視線が何か嫌で、私は曖昧に微笑んで目線を合わさずにいた。
なんでこんなに緊張するんだろう。相手が年上だから?いや、違う。
二人っきりだからだ。
許婚さんの要望で、私と二人きりで話したいということだった。
「優璃さんは、今年で中学二年生なんだよね?」
「はい・・・」
「君が16歳になったら、僕らは結婚するらしいよ」
「らしいって・・・」
そんな他人事みたいな風に言うんだ。
そう思ってちらりと許婚さんの方を見た。
彼は私の視線に気づくと、にっこりと笑った。
「・・・僕ね、実は好きな子がいるんだ」
「!」
「優璃さんも、いるんだね」
「な、なんで・・・?」
私があからさまに狼狽えると、許婚さんは笑った。
「だって君、僕に最初から興味を示さなかったから」
私の頬に伸びる手にビックリして硬直した。
手の甲でサラリと頬に触れられた。温かい。
「年上かな。おませさんだね」
「なっ」
「まあ、僕も人の事言えないか・・・」
遠くを見つめながら哀しそうに呟いた。
「好きなんですか、今も」
「勿論。こんな身分じゃなかったら今すぐ逢いに行きたいよ」
随分と失礼な物言いだと思いながらも、私も人の事は言えない。
「そうですね。私も今すぐ逢いに行きたいです」
「・・・君は今夜さっそく逢いに行こうと思ってるんじゃないの?」
「えっ!?」
「眼がそう言ってる」
慌てて視線を逸らす。この許婚さんは確か趣味で心理学を学んでいるらしい。
誤魔化しても無意味だと思って、正直に話した。
「・・・はい。今夜、パーティを抜け出して逢いに行こうと思ってます」
「ずいぶん正直に話すね?僕が嘘を言ってるとは思わないの?」
「思いません。だって貴方も、私に興味がないじゃないですか」
「そうだね」
やっぱりハッキリと物を言う人だなと思う。
「・・・で、どうやって抜けるの?沢山の人が来ると言っても、今日は僕らは主役なんだよ?」
「それはちゃんと考えてますよ」
「へえ・・・面白そうだね。協力しようか?」
「いいんですか?」
「いいよ。僕としては君と破局した方が都合がいい。いっそ家を破門されたい位だよ」
足を組んで両腕を組みながらとんでもないことを言った。
「・・・そこまで行きますか」
「うん。というか君もそうなんじゃない?優璃さん」
「いっその事駆け落ちしたいですけどね。多分今は難しいですよね」
「割と考えてるんだね」
「まあ、一応」
さっきとは違う意味で曖昧に微笑んだ。
許婚さんは柔和に微笑んだ。
「まあ、君のその計画が何年モノかは知らないけど、頑張って」
「ありがとうございます」
「僕の話は実はこれで終わりなんだけど、婚約者らしくそれっぽい話題で話す?」
「いいですよ、それっぽい話しましょう」
お互いにそう言って笑った。
自分で言うのも何だけど、年齢不相応だなあ・・・。
夜、沢山の大人が来た。
私と許婚さんの婚約発表パーティだ。
このパーティの主役たちは、正直言ってやる気がない。
むしろ、別の事をする気でいる。
そんな二人が結ばれるわけがないと私は思った。
「ご婚約おめでとうございます」
「結婚式が楽しみですな」
なんて言う大人たち。顔も名前も知らない人たちだ。
「ありがとうございます」
当たり障りのない言葉と笑顔で対応する私と許婚さん。
8時を回ったころ、私たちの作戦は決行された。
「バウワウッ!!」
私の愛犬がいきなりパーティ会場に乱入してきて、そのまま開いた窓から駆けていった。
「!?」
驚く大人たち。ざわつく会場。
「私が追いかける!」
「お嬢様っ!?」
「あの子、私にしか懐いてないもの!それに、すぐどこか行っちゃうから・・・私が行く!」
そう言うなりすぐさ愛犬が出て行った方へ走って行った。
外には綺麗な月が出ていて、月明かりが私を照らした。
「・・・」
月をちらりと見上げた後、犬を追いかける振りをして走った。
「お嬢様、お待ちくださっ・・・」
「彼女ひとりじゃ心配なので僕も探してきます。皆さんはそのまま楽しんでください。申し訳ありません」
許婚も出て行ったあと、赤坂は急いで使用人に命令した。
「・・・何をしている、お前たちも行け!」
「は、はいっ!」
「ったく・・・」
そのまま会場は、主役二人を残して続けられた。
雪がもう溶けてきた。
土の色と雪の色が混ざり合って、何とも言えないような色になっていた。
まるで俺の心みたいだな、なんて思っていた。
息を吐く。まだ少し白い息を見て、溜息を小さく吐いた。
月が輝いて、星が煌めいて、周りはすべて静寂に包まれていた。
「俺も、もうすぐか・・・」
そんな事を口にして、唇を噛み締める。
優璃。
ひとつ呟くと、小さく暖かな気持ちになった。
遠くで、走ってくる足音が聞こえた。
誰だ・・・?
まさか、もうその時なのか?
そう思いながらその方向を見つめた。
月明かりに照らされて姿を現したのは――
「コウッ!」
優璃だった。