真実の絶望
家の中を歩いていると、声が聞こえた。
「旦那様、どうなさるおつもりですか!」
「赤坂、少し静かにしろ」
「ですが・・・」
「・・・ああ・・・」
お父様と、赤坂・・・?
何を話しているんだろう。何かあったのかな。
好奇心だけでドアに耳を当ててみた。静かに、静かに。
「あの獣を何時まで飼っているおつもりですか!?優璃様も随分と懐いていらっしゃいます!」
「優璃があんなに懐くとは思わなかったがな。一度キツく言っておいた筈だが」
「好奇心だとは思いますが・・・しかし、これ以上あの獣を此処に置いておくわけにはいきません。あんな殺人者、この屋敷にいるだけで私は恐ろしいのです!」
殺人者。
コウが人を殺したっていうのは、私も知っている。
でも、あんな風に言われると、なんだか傷つく。
「あの獣が人殺しだということをお嬢様が知ったらどうなるか・・・!」
「その心配はないぞ、赤坂」
「・・・と、申しますと?」
お父様の声はそこでいったん区切られて、嗤う様に言った。
「獣・・・志堂コウは、4ヶ月後に処刑されることに決まっている」
息が止まる音がした。
「4ヶ月後・・・?何故そんな中途半端な時期に?」
「その1か月後には優璃も中学2年生だ。そろそろ婚約者との交流も図る必要もあるからな。あの檻には中々来る機会がなくなれば、自然と獣の事も忘れるだろう」
「・・・そうですね、それはいい!流石旦那様です!」
赤坂はひたすらお父様の事を称えてから、
「では、私は仕事に戻りますね」
そう言って別のドアに出て行った。
「・・・ふう」
お父様はひとつ息をついた。そして、
「そこにいるんだろう?優璃。出てきなさい」
その言葉に、身体が、息が震えるのが分かった。
「・・・はい」
震えた声で答えて、震えた手で扉を開けた。
そこには、いつもの厳しそうな顔をしたお父様がいた。
「優璃、今の話を聞いていたね?」
「・・・・・・はい」
「では、私が言おうとしていることもわかってる筈だ。優璃は賢いからね」
その言葉に、指先が冷たくなるのを他人事みたいに実感した。
「お、お父様が言おうとしていることはわかっています。でも・・・」
私は、と言いかけた瞬間。
「あの男は人間じゃない。人殺しだ。いつお前を殺すかわからないんだよ?」
「・・・コウは、人を殺すような人じゃないです!!」
思わず強く言うと、お父様は少し可笑しそうに笑った。
「珍しく強情だね、優璃。そんな子に育てた覚えはないが・・・。まあ、いいだろう」
お父様は椅子から立ち上がると、私の方まで来て、屈んで目線を合わせた。
「じゃあ優璃にだけは本当の事を教えてあげよう」
「え・・・?」
「ただし、今このことを教えた瞬間、コウを処刑する。いいな?」
「・・・それは、」
口の中がカラカラに渇いて、声が出なくなるのを感じた。
「それは、ダメです」
「へえ、じゃあどうするんだい?」
「・・・もう、コウの所へは行きません。だから、コウを殺さないでください・・・ッ」
自然にボロボロと涙が出てくるのがわかった。
「優璃は良い子だな。わかった。志堂コウの事は殺さない。その変わり優璃が彼の所へ行かない。それでいいね?」
「はい」
頷く。
「じゃあ教えてあげよう。誰にも言っては駄目だからね?」
そう言ってお父様は話し出した―――――。