少女と獣
「お前は何のために生まれてきた?」
そんな質問、聞き飽きた。
「お前は、何のために生きてきた?」
生きるために、生きてきた。
「ねえねえ」
「なんだよ?」
「どうして、貴方はこんな鉄の檻に閉じ込められているの?」
煩い餓鬼だ。どうしてこんな女に、こんな少女に、俺は翻弄されなければならないのだ?
「深い罪を犯したから」
「誰かを殺したの?」
「嗚呼、そうだよ」
「ふうん・・・」
少女はつまらなさそうな顔をすると、檻の格子を掴んで、こう言った、
「私の、お友達になってくれない?」
小さな二つの瞳が、俺を真っ直ぐ見据えて言った。
「その台詞を、何回繰り返すつもりだ?」
聞き飽きた、その台詞。言い飽きた、この言葉。
「貴方が、私と友達になってくれるまで」
風が吹いて、黒くて長い少女の髪が靡いて、少女の顔が隠れてしまった。
「ぷわっ」
幼くてか細い声を出しながら、髪を掻き揚げる少女。
「そうは言っても」
俺は、いい加減飽きたので、違う台詞を発してみた。
「俺は、お前の名前も知らない」
「名前を言ったら、友達になってくれるの?」
「考えてみてはやる」
「ゆーり!」
少女は、考える間も、悩む間もなく即答した。
「羽鳥、優璃!」
苗字付きでつけられた少女の名。元気良く言われた、忌々しい名前。
「・・・やはり、無理だ」
「ええ!?なんで?」
少女の、黒目がちな眼が潤んだ。俺は、淡々と続ける。
「お前の、苗字だ。それがある限り、俺は、お前の友達になんかなれない」
「・・・じゃあ、私と友達になれるのは?」
「お前の苗字が羽鳥ではなく、他のものに変わるまでは、無理だ」
「ぶうぅ~・・・」
頬を膨らませて、怒る少女。
「意地悪なお兄ちゃん!」
「お兄ちゃんではない」
「じゃあ、そっちも名前を教えてよ」
しまった、と思った。少女はにこりと笑って、
「ね、いいでしょ!」
「はぁ・・・」
溜息しか出てこない。幼くして、策略家か。この女。
「・・・コウ」
「え?」
「コウ。志堂コウ」
「コウ」
少女が、口の中で俺の名前を繰り返した。
「わかった、コウって呼ぶね!」
少女が、手を挙げて言った。
「私のことは、ゆーりって呼んでね!」
「優璃」
「うん!」
少女・・・優璃が、嬉しそうな顔で返事をした。
「ふっ・・・」
「あ、笑った」
「笑ってはいけないという法律などないだろう」
「屁理屈!」
「なんとでも言え」
幼い瞳が俺を見つめ、その眼がすぐ三日月のようになった。
「・・・ふふっ!」
「お前も、笑っただろう」
「えへへー」
照れたように頭を掻く優璃。
「コウも、もっと笑えばいいのに。カッコイイよ!!」
照れを隠したように大声をだす優璃。
冷たい空気が吹いて、優璃が身震いをした。
「コウは、寒くないの?」
腕を擦りながら訊く優璃に、俺はこう言って見せた。
「慣れているからな」
「・・・・・・」
そう言った瞬間、優璃の顔が曇るのがわかった。
「ごめんなさい」
小さな声で、そう呟かれた。
「・・・別に」
かまわない。
そう言おうとした時だった。
「優璃様!!」
どこからか声がして、声の主が姿を現した。
「あ、赤坂」
優璃は中年の男に指差した。
「またこの様な場所へ来て!!」
中年の男は、優璃を抱きかかえると、俺を睨んだ。
「優璃様に手を出していないだろうな?」
「幼い女に手を出す趣味は無い」
「そう言う意味じゃない」
冗談も通じないのか、この男は。
「お前は、自分の犯した罪をわかっていないようだな」
「俺の罪?嗚呼、あれか」
「あれ・・・だと?」
男の眼が、凄んできた。
「いいから、早く行けよ」
「・・・」
チッ、と舌打ちの音が聞こえた。
「お嬢様、行きましょう」
「ええ~・・・」
「いいから」
「はーい・・・」
優璃は、いつもの通り渋々、しかし今回は嬉しそうに帰っていった。
「ばいばい、コウ」
小さく、俺にそう言って。
優璃が帰った後、俺は寝転んで、自分の掌を見つめた。
檻の格子を掴んでいた、あの幼い手。自分とは大違いだった。
こんな感情は、抱いてはいけないから。
グッと、掌を握り締めた。
はい、どうも新シリーズです。ごめんんさい。
これは、この話を書いたら、しばらく放置!です。
雫が終わったら、本格的に書きたいと思います。
ほのぼの話にしてみたいけど、もしかしたら歳の差恋愛になるかも・・・?