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キューピットになる決意

高校三年生の頃、僕はいじめられていた。落ちているペンを拾うと

「ばい菌が付いた」

と言われ、重い荷物を代わりに持とうとすると

「大丈夫、かける君と話しているのが見つかると私もいじめられるから話し掛けないで」と言われ、距離を置かれてきた。そんな僕は学校の外でも人を助けることに躊躇するようになった。そんな時だった、えみ先輩と出会ったのは。えみ先輩とは駅で見かける程度の間柄だった。そんな関係が大きく変わったのは、えみ先輩が駅で倒れた時だ。えみ先輩はけいれんを起こしながら、焦点のあっていない目で眼球を動かしていた。僕は医大を目指していたからすぐに『てんかん』だと気づいた。けれど

(僕なんかが助けてよいのか)

という思考に支配されていた僕はとっさに動けなかった。その時、えみ先輩と目が合ったような気がして、僕は身体が先に動いた。僕はえみ先輩の服のボタンを外すと、横向けに寝かせた。次の停車駅は確か浜北駅だ。僕は一一九に電話を掛けると、浜北駅まで救急車を要請した。救急車が到着すると、僕も一緒に救急車に乗せてもらった。学校なんかより、目先の命の方が大切に思えた。病院に着くころにはえみ先輩は意識を取り戻した。ホッとしている僕に、えみ先輩は

「ありがとう」

と感謝の言葉を述べてくれた。いつぶりだろう、自分の気持ちに正直になって感謝されたのは。急に鼓動が早くなる。えみ先輩の笑顔が輝いて見えた。その日は軽く自己紹介をして、連絡先を交換した後、僕は病室を後にした。


次の日、えみ先輩は駅に居た。話しかけるのをためらっているとえみ先輩が笑顔で話し掛けてくれた。えみ先輩は近くの大学に通っている事、サークルの中に好きな先輩が居ること、今度告白をすること、えみ先輩は笑顔で教えてくれた。僕は地面が揺れ、倒れそうになる感覚を覚えた。その瞬間

(ああ、僕はえみ先輩が好きなのだな)

と、第三者の気持ちで思った。

「聞いてくれてありがとう。告白する前に誰かに聞いてほしかったの。でも、友達には恥ずかしくて言えないし、親には振られた時心配されるから、もっと言えない」

と、えみ先輩は笑顔で言った後、電車を降りて行った。


その晩、えみ先輩から連絡が来て、『話を聞いてくれてありがとうね。振られちゃったよ』と、書いてあった。僕は泣いているだろうえみ先輩の顔を思い浮かべて、僕はある決断をした。


一年後、僕は医大に進むのを辞め、えみ先輩と同じ大学に進んだ。えみ先輩は温かく

「合格おめでとう」

と声を掛けてくれた。えみ先輩と同じサークルに入ると先輩が好きだった、だいごに近づいた。だいごに何か危害を加えたくて近づいたわけではない。むしろ、その逆だ。えみ先輩に惚れさせて、幸せな家庭を築いてもらうのだ。えみ先輩は『まただいご先輩にアプローチしよう』と僕が提案した際には戸惑っていたが、えみ先輩もまだ、だいご先輩が諦められないらしく、結託することになった。何故、自分の好きな人が自分以外と結ばれる手伝いをするのか、疑問を持つ人もいるだろう。僕は失恋のショックで頭がおかしくなったわけではない。えみ先輩の幸せが僕の全てなのだ。えみ先輩が幸せなら、どこで誰が不幸になろうとも、全く気にならない。それは、だいごにも当てはまる。だいごの本心がどうであれ、えみ先輩の幸せがだいごと付き合う事なら、僕はそれを全力で応援して現実にして見せる。これが僕の決断だ。


「だいご先輩、お疲れ様です!」

「お疲れ、今日のサークルも楽しかったな」

「はい。今日、三人でご飯に行きません?」

「いいぞ。あと一人は誰だ?」

「えみ先輩です」

僕は目でえみ先輩に合図を送る。えみ先輩は一瞬、躊躇したが

「私もご一緒してもいいですか?」

と、えみ先輩が勇気を振り絞っていた。その姿はどんな美術品よりも美しく、愛おしかった。

「あ…まあ」

とだいご先輩はバツが悪そうに頷く。無理もない。えみ先輩の話だと告白以来、まともに話してないというのだから。この事実はえみ先輩を惚れさせるという目的においては最悪な状態だ。まともに話さなかったのは、だいご先輩が『これ以上好かれたら困る』という思いの裏返しなのだから。

「あれ?なんだか歯切れが悪いですね」

僕は気付かないふりをする。

「色々あるんだよ。行くぞ」

えみ先輩は断られなかった安堵か、少し嬉しそうにしていた。


店に入るとガヤガヤと人の声が聞こえた。話しやすそうな雰囲気の店だ。

「いやー、俺たちのサークルの人数は少ないから、かけるがサークルに入ってくれて良かったよ」

「存続の危機に思えるほどの少なさだもんね」

「ああ、サークルには俺たちの楽しい思い出も多いから、失くなってほしく無いんだよな」

「そうだね」

えみ先輩が笑う。だいご先輩は目をそらす。まるで、あまり自分と居ることでえみ先輩が楽しむことを避けたいみたいだ。

「かけるは何でこのサークルに入ったんだ?」

「サークルの雰囲気が良かったからです」

「そうか!少ない人数だからこそ、人間関係が密になって、サークルの雰囲気が良くなるんだ」

サークル部長のだいご先輩は得意げに言った。

「そろそろ会計するか。俺のおごりでいいぞー!」

「ごちそうさまです」

「ありがとうございます。お手洗いに行ってきますね」

えみ先輩はそういうと席を立った。

「先に外に出てますね」

「はい」

僕たちも席を立ち、会計を済ませると、外に出た。

「なあ、かける」

「何でしょう?」

「今度から俺とえみが一緒になるようなイベントは避けてくれないか?」

「何故ですか?」

「実はさ、えみに告白されてさ、振ったんだよ。サークル仲間だから仕方なく人間関係を維持しているけれど、期待させたら悪いだろ?」

「そうだったんですね」

僕は知らないふりをして続ける。

「えみ先輩ってかわいいし、とりあえず付き合うって事はしないんですか?付き合ったら案外、好きになるかもしれませんよ」

「いや、だって、かけるは知らないかもしれないけれど、えみはてんかん持ちなんだよ」

「てんかんですか」

「そうそう。てんかん持ちの女って養わなきゃいけないじゃん?俺、対等な人間が好きだから、えみは絶対無理なんだよね」

「なるほど。でも、人間関係の維持は必要だと思いますよ。サークルの雰囲気が悪くなりますから」

「確かにな、難しいな」

「気にしているのはだいご先輩だけかもしれませんよ?ちゃんとえみ先輩とも仲良くしましょ」

「確かにそうだな」

店の扉が開いた気がして、振り向くとえみ先輩が立っていた。

「お待たせ」

「行きましょうか」

僕たち三人は歩き出した。

少し歩いたところで

「あ、スマホを店に忘れてきました。先に帰っててください」

と嘘をついた。えみ先輩とだいご先輩を二人きりにするためだ。

「分かった。また明日な」


僕は家に帰ると、えみ先輩にメールを打った。

「お疲れ様です。あのあと、どうでした?」

「だいご君と話しながら帰ったよー!なんだか、私に対するよそよそしさが消えた気がする。かける君が何か話してくれたの?」

「ただ、えみ先輩とも仲良くしましょ、と伝えただけですよ。それと、だいご先輩がえみ先輩の告白を断った理由が分かりました」

「…何だったの?」

「てんかん持ちの女性だと、将来養わなければいけないからだそうです」

「そっか、やっぱりてんかんだと、自由に恋愛すらできないんだ」

「それは違います」

「え?」

「養われるのではなく、自分で仕事をしてお金を稼ぐ立場になればいいんです」

「私に出来るかな?」

「もちろん、無理は禁物です。てんかんはストレスで悪化するので、出来る範囲で稼いでみましょう」

「もし、できなかったら?」

「その時は僕も一緒に考えます」

「ありがとう」

「まず、収入ですが、障害者年金をだいご先輩には内緒で受給できるように、動いてみましょう」

「障害者年金?」

「その名の通り、障碍者が受給できる年金で、二十歳以上なら原則的に受け取れます」

「そんなのがあるんだ」

「現在、えみ先輩は通院していらっしゃいますか?」

「うん。しているよ」

「では、医者に相談して、市役所が指定する診断書を書いてもらってください」

「分かった」

「その受給してもらったお金は、自分の収入だとだいご先輩に言いましょう」

「でも、なんか隠し事しているみたい」

「その隠し事でだいご先輩は不幸になりますか?生活費になることには変わりないのに」

「うーん」

「隠し事がだめなら、傷付かない嘘もダメだと思いませんか?」

「確かに、そう言われちゃうと、反論できないけれど…」

「では、大丈夫。この作戦で行きましょう」

メールが来るのが少し遅くなった。

「ありのままの私を受け入れてくれる人は居ないのかな…」

「僕は受け入れてますよ。えみ先輩に収入があってもなくても」

「そっか。ありがとう。普通に接してくれるの、かける君だけだよ」

「大丈夫です。そこにだいご先輩も加えてみせますから」

「心強いね。制度にも詳しいし」

「医大を目指してましたから」

「そうなんだ。なんで、医大は諦めたの?」

「本当にやりたいこと見つけたんです」

「やりたいこと?」

「それはまた今度」

今度があるか分からないけれど。


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