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09.王女様は靴擦れがお嫌い



 パーティも中盤に差し掛かった頃。

 リリアナは喧騒を抜け出し、夜風の吹き抜ける庭園へと避難していた。


「ふぅ……。肉は美味しかったけど、やっぱりヒールは疲れるわね」


 リリアナはベンチに腰を下ろし、そっと靴を脱いだ。

 いくらドレスや肌を魔法で強化しても、慣れないハイヒールで立ちっぱなしというのは足に来る。

 ジークフリートは国王への挨拶(という名の自慢話)で捕まっているため、今のうちに休憩だ。


 夜空を見上げながら一息ついていると、植え込みの向こうから、すすり泣くような声が聞こえてきた。


「うぅ……痛い……もう無理……」


(ん? 誰かいる?)


 リリアナが植え込みを覗き込むと、豪奢なドレスを纏った少女が、噴水の縁に座り込んでいた。

 燃えるような赤髪の美少女だ。

 彼女は片方の靴を脱ぎ放り、真っ赤に腫れた足先をさすって涙目になっていた。


(あれは……第一王女、シャルロット様?)


 リリアナは記憶を検索する。

 国王の一人娘であり、その勝ち気な性格で知られる姫君だ。

 だが、今の彼女に覇気はない。あるのは「靴擦れ」という物理的な苦痛のみだ。


(見なかったことにしよう)


 王族と関わるとろくなことがない。

 リリアナが静かに立ち去ろうとした、その時。

 バチッ、とシャルロットと目が合った。


「あ」


「……誰よ。無礼者。見てないで助けなさいよ」


 見つかってしまった。


(しかも、初対面から偉そうだ。さすが王女……。まあこうなった以上は、無視して帰るわけにはいかない。相手王女だし。こっち貴族だし)


 リリアナは諦めて、彼女の前に跪いた。


「どうなさいましたか、殿下」


「足が……靴が合わなくて、皮が剥けたの。痛くて立てないわ。でも、これからダンスの時間だから戻らないといけないし……」


 見れば、彼女の踵は酷い靴擦れで血が滲んでいる。

 履いているのは、見た目重視のガラスのような素材でできた靴だ。あんな硬いものを履いて踊れば、拷問に近いだろう。


「なるほど。それは災難でしたね」


「新しい靴を持ってこさせようにも、侍女が近くにいないの。……ねえ貴女、誰か呼んで」


(探しに行くのめんど……。王女付の侍女がどこにいるかなんて知らないし。さっさとおさらばしたいし。なら……)


「いえ、その必要はありません。その靴、貸していただけますか?」


 リリアナは転がっていた靴を拾い上げた。


「は? 何を……」


 シャルロットが怪訝な顔をする前で、リリアナは指先に魔力を灯した。

 空中に描くのは、二つの漢字。


『雲』


 そして、


『治癒』


 二つの文字が靴底インソールに吸い込まれる。

 一瞬、靴が淡い緑色の光を帯びた。


「はい、どうぞ」


「え? 何かしたの?」


「いいから履いてみてください」


 シャルロットは半信半疑で、恐る恐る足を入れた。

 その瞬間、彼女の瞳が驚愕に見開かれた。


「……えっ!?」


 痛くない。

 それどころか、履いた瞬間、ズキズキと痛んでいた踵の傷がスーッと引いていくのを感じた。

 まるで、温かいお湯に足を浸しているような心地よさ。

 硬いはずの靴底は、雲のようにふかふかと沈み込み、足の形に優しくフィットする。


「な、なにこれ! 傷が治っていく!? それに、パンパンだったふくらはぎのむくみまで消えていくわ!」


「靴に『自動治癒』と『クッション性』を付与しました」


 リリアナは淡々と説明する。


「履いている間、常に回復魔法がかかり続ける仕様です。これならいくら踊っても疲れませんし、立ちっぱなしでも足がむくみませんよ」


「す、すごい……! 魔法の靴だわ!」


 シャルロットは立ち上がり、軽やかにステップを踏んだ。

 痛みは完全に消えている。

 それどころか、履く前よりも足が軽くなっていた。


「貴女、名前は!? どこの魔術師!?」


「ヘイリス公爵家のリリアナです」


「ヘイリス? あの『氷の公爵』の……?」


 シャルロットが目を丸くした、その時だ。


「リリー!! どこだぁ……!! リリー!!」


 庭園の入り口から、悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。

 ジークフリートだ。

 彼はリリアナの姿を見つけると、猛然とダッシュしてきて、リリアナに抱きついた。


「ああ、よかった……! 五分も姿が見えないから、誘拐されたのかと……! 寂しくて死ぬところだった!」


ひっつこうとするジークフリートを、リリアナがぐいっと押しのける


「暑苦しいです。きもいです。離れてください。気持ち悪いので」


二度もキモいと言われても、ジークフリートは何にも気にしていない

むしろ、愛する妻が無事なことを喜んでいた


「無理だ。充電させてくれ」


 ジークフリートはリリアナの肩に顔を埋め、すーはーと深呼吸を始めた。

 その光景を見ていたシャルロットが、ドン引きした顔で呟いた。


「げぇ……」


 その声に、ジークフリートがようやく気づく。


「ん? なんだ、シャルロット様か」


「『なんだ』とは何よ、幼馴染みに向かって! ……というかジーク、あんた何そのキャラ?」


 シャルロットは汚いものを見る目で、デレデレの公爵を指差した。


「昔は『俺に近づくな、凍るぞ』とか『世界は俺には狭すぎる』とか言ってた、痛々しいやつだったくせに……。何よその腑抜けた顔は。キモチワルイ」


「ぐふっ」


 ジークフリートが吐血した(精神的に)。

 幼馴染みからの容赦ない黒歴史の暴露である。


「あれは魔力の制御が……!」


「はいはい。で、その凄い奥様にベタ惚れして、金魚のフンみたいになってるわけね。情けない」


 シャルロットは鼻で笑うと、リリアナに向き直り、目を輝かせた。


「ねえリリアナ! こんな駄犬は放っておいて、わたくしの専属になりなさいよ! 王宮魔導師として雇うわ! 報酬は弾むし、最高級のラボも用意する!」


(は……専属……? なんでそうなった……?)


「お断りだ!!」


(は……なんでおまえがお断りしてるんだ……?)


 食い気味に叫んだのは、ジークフリートだった。

 彼はリリアナを背後に隠し、王女に向かってガルルと威嚇した。


「リリーは私の妻だ! 王家だろうと渡さん!」


「なによケチ! そんな才能、独占するなんて国家の損失よ! リリアナ、わたくしの靴、全部改造してほしいの!」


「ならん! リリーの手料理(魔道具)は私だけの特権だ!」


 ギャーギャーと言い争う幼馴染み二人。

 リリアナは、やれやれと肩をすくめた。


(王女様のコネは魅力的だけど、巻き込まれるのは面倒ね……)


「あの、お二人とも。そろそろ戻らないとダンスの時間ですよ」


 リリアナが冷静に告げると、二人はハッとした。


「そうね。……リリアナ、貴女のことは気に入ったわ。今度お茶会に招待するから、絶対来なさいよね!」


 シャルロットはリリアナにウインクを投げると、改造された魔法の靴で軽やかに去っていった。

 後には、嫉妬で顔を歪めた公爵と、強力すぎるコネを手に入れてしまったリリアナが残された。


「……リリー。あいつの茶会には行くなよ」


「行きますよ……。王族からの申し出、断れるわけないじゃないですか、バカなのですかあなた……?」


「ぐぬぬ……!」


 こうして、リリアナの「快適引きこもり計画」は、王女というイレギュラーの出現により、また少し賑やか(面倒)な方向へと進んでいくのだった。

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― 新着の感想 ―
わんちゃん(U´・ェ・)厨二病だったん?
もうだめ…お腹痛い… 公爵様にも厨二病な時代があったんですね。 黒歴史の方は、現在進行形で爆進中のようで何よりです。
王女が靴擦れ…(爆笑(≧∇≦))異世界転生もので初めてみました〜!! 言い回しも、ほんと、おもしろくて、なんだかスッキリ?しました! それにしても…こんな時間に読むんじゃなかった〜!笑って目が冴えてし…
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