表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/15

08.氷の公爵は、社交界でデレる



 そして夜会当日。

 美しく着飾ったリリアナは、大型駄犬(夫)を連れて、ゲータ・ニィガ王都グランレガリアへとやってきていた。


 王城の大広間は、数百の蝋燭とシャンデリアの光に満たされている。

 着飾った貴族たちが談笑し、グラスが触れ合う軽やかな音が響く。

 その華やかな空気が、一瞬にして凍りついたのは、会場の扉が重々しく開かれた瞬間だった。


「ヘイリス公爵、並びに公爵夫人、ご入場!」


 衛兵の声が響き渡る。

 全ての視線が入り口に集中した。

 そこに現れたのは、この世のものとは思えぬ美貌の男女だった。


 一人は、リリアナ。

 夜空を切り取ったような紺色のドレスを纏い、その肌は白磁のように透き通り、髪は宝石のごとき輝きを放っている。

 魔法による美容チートとドレス補正の結晶だ(ドレスの色合いは付与で微調整した)。

 その姿は、まさしく傾国の美女。

 だが、人々が息を呑んだ理由は彼女の美しさだけではない。

 彼女の腰に手を回し、ピッタリと――いや、ベッタリと張り付いている男の存在だ。


「リリー、足元は大丈夫か? 絨毯の厚みが数ミリ違うぞ、気をつけろ」


「……平気です。あと近いです。離れてください」


「無理だ。君の香りを三十秒嗅がないと、私の精神が崩壊する」


「きっしょ……。警察呼びますよ」


 ジークフリート・フォン・ヘイリス。

 「氷の公爵」と恐れられる存在であり、国最強の騎士団長だ。

 普段なら周囲を氷点下の殺気で威圧し、誰も寄せ付けない彼が、今はどうだ。

 その表情は雪解けのように緩み、瞳は甘くとろけ、リリアナの一挙手一投足にデレデレと頬を緩ませている。


「あ、あれが……ヘイリス公爵か?」

「嘘だろ……? あの絶対零度の無表情はどこへ行った?」

「笑っている……いや、あれは笑いではない。何かに依存しきった中毒者の目だ」


 会場にどよめきが走る。

 恐怖の象徴だった公爵が、妻の前で骨抜きにされている。

 その事実は、貴族たちに天変地異並みの衝撃を与えていた。


     ◇


 会場の中ほどまで進むと、勇気ある貴族たちが挨拶にやってきた。


「こ、今宵はお日柄もよく……ヘイリス公爵、そして奥方様」


 恐る恐る声をかけてきた伯爵に対し、ジークフリートはスッと表情を整えた。

 リリアナの手前、夫として立派な振る舞いを見せようと張り切っているのだ。


「ああ、久しぶりだな。今夜は星も綺麗だ。妻を連れてくるには良い夜だよ」


 ジークフリートは、まるで聖人のように穏やかな微笑みを浮かべた。

 普段なら「失せろ雑魚が」と氷魔法を放つ場面だが、今日は違う。

 彼はチラリと横目でリリアナを見た。


(どうだリリー! 私は社交も完璧にこなせる夫だぞ! 見直したか!?)


 ドヤ顔でのアピール。

 しかし、リリアナの視線は彼を向いていなかった。

 彼女の瞳が捉えているのは、はるか彼方、会場の奥に鎮座するビュッフェ台だ。


(あそこのローストビーフ、厚切りだわ……。肉汁が光ってる。絶対確保しなきゃ)


 リリアナの頭の中は、肉で埋め尽くされていた。

 ジークフリートのアピールなど、視界の端にも入っていない。

 完全に無視されたジークフリートだが、彼はめげなかった。


(おお……リリーは人ごみなど意に介さず、ただひたすらに食料を見据えている……! なんと野性的で生命力に溢れた姿だ! 可愛い!)


 ポジティブが過ぎる。

 彼はすでに「リリアナが何をしても可愛い」というフィルターが掛かっているため、無視されてもダメージを受けない無敵状態にあった。


     ◇


「少し飲み物を取ってくる。リリーはここで待っていてくれ。……いや、やはり私もここに」


「さっさと行ってらっしゃいませ」


 リリアナは渋るジークフリートの背中を押し、強制的にドリンクコーナーへ追いやった。

 ようやく一人になれた。

 リリアナが「さて、肉を」と一歩踏み出した、その時だ。


「あら、ごきげんよう」


 行く手を遮るように、扇子を持った令嬢が現れた。

 派手なピンク色のドレスを着た彼女は、ねっとりとした視線でリリアナを品定めする。


「どこの田舎貴族かと思えば……噂の『男爵令嬢』様ですわね? よくもまあ、その身分で公爵様の隣を歩けますこと」


 典型的な嫌味だ。

 どうやらジークフリートを狙っていた高位貴族の娘らしい。

 リリアナは心底面倒くさそうに息を吐いた。


「はあ。どうも」


「なっ、何その態度! わたくしは伯爵家の……!」


「興味ないんで。そこ退いてくれます? お肉が冷めるので」


 リリアナが素通りしようとすると、令嬢の顔が怒りで歪んだ。


「お待ちなさい! この泥棒猫!」


 令嬢は近くのウェイターから赤ワインのグラスを奪い取ると、わざとらしく足をもつれさせた。


「きゃっ、ごめんなさい!」


 バシャン!

 大量の赤ワインが、リリアナのドレス目掛けて撒き散らされる。

 純白の肌と、夜空色のドレスが赤く染まる――はずだった。


【撥水】。ドレスに付与された漢字魔法が発動する。

 ドレスに触れた瞬間、赤ワインはまるで蓮の葉に落ちた水滴のように、コロコロと球体になって弾かれた。

 一滴も染み込むことなく、重力に従って床へと落下する。

 そして、運悪く(あるいはリリアナが計算した角度で)跳ね返ったワインは、令嬢のピンク色のドレスを直撃した。


「ひゃっ!?」


 令嬢のドレスに、どす黒い染みが広がる。

 リリアナは無傷のドレスを払い、涼しい顔で首を傾げた。


「あらあら。手が滑ったんですか? お高いワインでしょうに、勿体ないこと」


「な、な……っ!?」


 令嬢はパクパクと口を開閉させ、己のドレスとリリアナを交互に見る。

 何が起きたのか理解できないようだ。


「貴女……何をしたのよ! わたくしのドレスが!」


「自業自得でしょう。クリーニング代くらいは自分で出してくださいね」


 リリアナが冷たく言い放った、その時だ。

 会場の気温が、急激に低下した。


「……誰だ」


 地獄の底から響くような低い声。

 戻ってきたジークフリートだ。

 彼はリリアナの足元に落ちたワインと、わめき散らす令嬢を見て、状況を察知したらしい。

 彼の手にはグラスが握られているが、その中身は瞬時に凍結していた。


「私の妻に、何をした?」


 バリバリバリ……!

 ジークフリートを中心に、床や壁が凍りつき始める。

 本気の殺気だ。

 周囲の貴族たちは悲鳴を上げることもできず、ガタガタと震え上がった。

 令嬢に至っては、腰を抜かして失禁寸前だ。


「ひっ、あ、あの、これは……!」


「死にたいらしいな。いいだろう、そのふざけたドレスごと氷像にしてやる」


 ジークフリートが手を掲げる。

 会場全体を巻き込む広範囲殲滅魔法の構えだ。

 このままでは、楽しいパーティ会場が巨大な冷凍庫になってしまう。

 そして何より、あの美味しそうなローストビーフがカチカチに凍ってしまう!

 それは困る。


(肉のためだ、仕方ない)


 リリアナは近くのテーブルにあった皿から、一口サイズのカナッペを掴んだ。

 そして、詠唱に入ろうとしていたジークフリートの口に、強引にねじ込んだ。


「んぐっ!?」


「うるさいです。これでも食べて黙っててください」


 物理的な口封じ。

 ジークフリートは目を白黒させ、もごもごと口を動かした。

 サーモンとクリームチーズの味が広がる。

 次の瞬間、彼の怒りのオーラが霧散した。


「……!!」


 ジークフリートが、頬を染めてリリアナを見た。

 その瞳は、感動と恍惚に潤んでいる。


「リリーが……私に……『あーん』をしてくれた……!」


「してません。餌付けです」


「美味しい……! 世界一の珍味だ……! ああ、幸せだ……!」


 彼は口に入ったカナッペを、この世の宝物のように大切に咀嚼し始めた。

 さっきまでの殺気はどこへやら。

 完全に骨抜きである。

 その隙に、腰を抜かしていた令嬢は這うようにして逃げ去っていった。

 会場には、呆気にとられた貴族たちと、幸せそうに咀嚼する公爵だけが残された。


「……騒がしい人」


 リリアナは溜息をつき、ようやくお目当てのローストビーフへと向かう。

 邪魔者は消えた。

 彼女は皿に山盛りの肉を積み上げ、リスのように頬張り始めた。


「んー、美味しい!」


 肉汁とソースのハーモニーに、リリアナが顔をほころばせる。

 その様子を、背後からジークフリートがうっとりと見つめていた。


「見ろ、あの食べっぷり……。なんと愛おしい……」


「……閣下、もう手遅れですね」


 誰かがポツリと呟いた言葉に、周囲の誰もが深く頷いたのだった。

【作者からお願いがあります】


少しでも、

「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新がんばれ、応援してる!」


と思っていただけましたら、

広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、

【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!


皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!


なにとぞ、ご協力お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
も〜おもろすぎ〜笑笑 リリアナ〜!!あったまい〜! ぜひとも、コミックで読んでみたいっす! 先生、この調子で、ばんばんやっちゃってください!
一周まわって駄犬が可愛く見えてきた…かも。 いつも楽しく読ませていただいてます。 この2人がどうなるのか楽しみですが、そんな簡単には絆されてほしくないなぁとも思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ