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07.パーティの招待状と、準備



 その日、リリアナは珍しく本邸へと足を運んでいた。

 普段は離れに引きこもっているが、今日はジークフリートから呼び出しがあったのだ。


(面倒くさい。用があるならそっちから来ればいいのに)


 心の中で毒づきながら、本邸の廊下を歩く。


「おはようございます! リリアナ奥様!」

「廊下の温度は適温でしょうか!?」

「何か必要なものはございませんか! 全精力を賭してご用意いたします!」


 すれ違う使用人たちが、直角に近い角度で頭を下げ、過剰なまでの敬意を払ってくるのだ。

 以前は「貧乏男爵の娘」と侮り、空気のように扱っていた彼らが、まるで女神でも見るような目で見てくる。


(……なんで急に態度変わったんだろ……?)


 絶対あの駄犬ジークフリートが、変な圧力をかけたに違いない。

 リリアナは愛想笑いでスルーし、執務室のドアを叩いた。


「なんとお優しい」「我らに優しく微笑んでくれた」「まるで太陽のようなお方だっ」「主様の凍てついた心を溶かすだけはある……!」


 リリアナは特に何もしていない。

 しかし『あの恐ろしい氷の公爵の心を溶かした』という事実だけで、周りの評価は爆上がりしていた。

 なにせ、ジークフリートはこれまで使用人たちに対し、常に絶対零度の威圧を放ち続けてきたのだから。


 その態度を改めさせた、リリアナ様すごい。

 使用人たちはそう崇めているわけだが、言うまでもなく本人にそんな自覚はない。


     ◇


「やあ、リリー! よく来てくれたね!」


 執務室に入るなり、ジークフリートが満面の笑みで迎えた。

 彼は尻尾をブンブン振る幻覚が見えそうな勢いで、ソファーを勧めてくる。


「用事があるならそっちから来てくださいよ」


 リリアナは公爵相手に、とんでもない発言をする。

 しかし、ジークフリートは怒るどころか、モジモジと指を合わせた。


「すまない、リリー。私もそうしようとしたのだが……」


(なんだかのっぴきならない理由があるとか?)


「たまには君が来るのを、待ちたかったんだっ」


(前言撤回。くだらない理由だった……ほんとにこいつ公爵で騎士団長……?)


 公爵で、騎士団長であった。


「ああ……良いな……リリーを待つ時間、本当に素晴らしい時だった……」


「要件を手短にお願いします」


「ああ……すまない。実は、これなんだが」


 ジークフリートが差し出したのは、金箔があしらわれた豪奢な封筒だった。

 王家主催の夜会への招待状だ。


「夜会……パーティですか?」


「うむ。建国記念のパーティだ。高位貴族には強制参加の通達が来ている」


「へえ、大変ですね」


「ああ。当然、欠席で出すつもりだ。君も人混みは嫌だろうし……」


(は? 何言ってるんだろう……)


「いえ、出席しますよ」


 リリアナが即答すると、ジークフリートはポカンと口を開けた。

 思考が停止した顔だ。


「……え? 出るのか?」


「出ますよ。公爵夫人としての仕事でしょう? 衣食住を保証してもらっている以上、最低限の義務は果たします」


 リリアナにとって、これはビジネスだ。

 好待遇のニート生活を維持するためには、たまにはスポンサーの顔を立てる必要がある。

 それだけの話だ。

 しかし、ジークフリートの受け取り方は違った。


「リリー……! 君はそこまで、私の妻としての立場を……!」


 彼は感動に打ち震え、目元を潤ませた。

 どうやら「妻としての自覚を持ってくれた」と好意的に解釈したらしい。


「よし! ならば準備だ! 王都一番のデザイナーを呼ぼう! 最高級のシルクで、君に相応しいドレスを新調する!」


「いりません。時間の無駄です」


「なっ? しかし、パーティは来週だぞ?」


「手持ちの服でなんとかします」


「なんとかって……?」


「なんとかです」



     ◇


 リリアナは離れへと戻ってきた。


「で、何をするのだ?」


「ハウス!」


 さも当然のようについてきた大型犬、もとい、ジークフリートに、リリアナが指を差して命じる。


「ふっ……リリー。君は気づいてないかもしれないが、この離れも私の家だ……! つまりもうハウスしているのだっ」


(屁理屈言ってもストーカーじゃん。普通にキモい……)


 面の良い男だろうと、ジークフリートのやっていることは、通報レベルのストーキングだ。


(もうさっさと帰ってもらおう)


 リリアナはクローゼットを開き、持参していた一着のドレスを取り出した。

 それは実家から持ってきた、数年前の流行遅れのドレスだった。

 色も地味な紺色で、サイズも今のリリアナには少し合っていない。


「リリー、君が着ればなんでもマーベラスだが……。さすがにそれは……質素すぎる」


(何でもマーベラスなら口を挟むなっての。……はぁ……まあ確かにちょっと芋くさい。貴族連中が集まるパーティで、こんなの着たら舐められてしまう)


 男爵令嬢だったときは、別にそれでもよかった。

 しかし今の立場は(白い結婚だろうと)公爵夫人だ。

 他家から侮られるわけにはいかない。

 そのせいで、この男の家名に泥を塗ることになる。


(まあ別にこの男のことはどうでもいいんだけど、あとで損害賠償請求とかされても困るし)


 リリアナはジークフリートに桃色の感情を一切持ち合わせていなかった。

 あるのは徹底した損得勘定のみ。


「見ててください」


 リリアナは聞く耳を持たない。

 彼女はドレスをハンガーにかけると、指先を指揮棒のように振るった。


「サイズが合わないなら、合わせればいい。素材が悪いなら、良くすればいい」


 空中に描かれるのは、三つの漢字。


『採寸』


『補正』


『通気』


 魔法が発動した瞬間、ドレスが生き物のように脈動した。

 生地が波打ち、繊維の一本一本が組み変わっていく。

 ごわついていた布地は、水のように滑らかなシルクの質感へ。

 野暮ったかったシルエットは、リリアナの現在の体型に完璧にフィットするよう、ミリ単位でシェイプされた。


「仕上げはこれね」


『華』


 リリアナが指を弾くと、地味な紺色の生地に、夜空の星屑のような繊細なラメが散りばめられた。

 照明を受けてキラキラと輝くその様は、もはや古着などではない。

 一流ブランドの最新作すら霞む、至高の一着だった。


「な、なんだこれは……魔法かっ?」


「ついでに自分も仕上げます」


 リリアナはさらに、何の変哲もない保湿クリームを取り出した。

 そこに『潤』と『艶』、そして『美白』を付与する。

 それを指先ですくい、頬や腕に塗り込んだ。


 効果は劇的だった。

 ただでさえ整っていた肌が、内側から発光するような透明感を帯びる。

 髪は天使の輪を幾重にも浮かべ、宝石のような輝きを放ち始めた。

 そこに先ほどのドレスを合わせれば、傾国の美女の完成だ。


「どうです? これなら文句ないでしょう」


 リリアナが言うと、ジークフリートは絶句した。

 顔を真っ赤にし、パクパクと口を開閉させる。

 そして次の瞬間、彼は頭を抱えて叫んだ。


「だめだ!!」


「は?」


「キャンセルだ! 欠席にする! 今すぐ断りの手紙を書く!」


 ジークフリートが声を荒らげる。


「なんでですか。準備万端じゃないですか」


「良すぎるんだ! そんな姿で外に出たらどうなると思っている!」


 彼は血走った目でリリアナに詰め寄った。


「国中の男が君を見る! いや、見惚れる! 間違いなく求婚者が殺到するし、なんなら誘拐される危険性だってある!」


「……」


「私が他の男を皆殺しにしてしまう前に、君を箱にしまっておかねば……! そうだ、離れの結界を百重に強化して……!」


 本気で心配し、本気で嫉妬し、本気で監禁しようとしている。

 その見事なまでの駄目男ぶりに、リリアナは冷ややかな視線を送った。

 そして、心底呆れたように言い放つ。


「アンタバカァ?」


「ッ!?」


「仕事だって言ってるでしょうが。誰が好き好んで、好きでもない男たちに愛想振りまくんですか。私はただ、公爵夫人という業務を遂行するだけです」


 リリアナは手鏡で自分の髪をチェックしながら、淡々と続ける。


「それに、貴方が隣にいるんでしょう? 『氷の公爵』様が睨みを利かせていれば、誰も寄ってきませんよ。……まさか、自信ないんですか?」


「うっ……」


 痛いところを突かれたジークフリートが呻く。

 確かに、夫である自分がしっかりと守っていればいい話だ。

 それを否定することは、夫としての能力不足を認めることになる。


「……わかった。行こう」


 ジークフリートは苦渋の決断を下した。

 だが、その表情は悲壮そのものだ。


「ただし! 私の側から片時も離れないこと! 他の男と会話する時は私が間に入ること! いいか、絶対にだぞ!」


「はいはい。うるさいですね」


 リリアナは面倒くさそうに手を振った。

 こうして、ジークフリートの胃痛と嫉妬が渦巻く中、パーティへの参加が決定したのだった。

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― 新着の感想 ―
次は、 ステイッ! ですね?
一度言ってみたいセリフwww アンタバカぁ?!
野郎は旦那の睨みで来れないだろうけど、女性陣は殺到しそうな… 化粧品や髪のケア等の話聞きたくて来るでしょ。
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