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42.愛の言霊と、奇跡の漢字付与

第42話 愛の言霊と、奇跡の漢字付与


 真っ暗になったモニターの前で、リリアナは乱暴に涙を拭い去った。

 悲しんでいる暇などない。詳細はわからないし、さっきの映像が事実を映し出したものとも限らない。

 だが、彼女は情報の精査よりも何よりも早く、弾かれたように立ち上がり、床にチョークを叩きつけた。


 ガツッ、ガツッ、と焦燥に駆られたチョークの音が響く。

 自身の莫大な魔力を流し込み、蒼銀竜山への長距離転移魔法陣を猛スピードで描き始める。


「主様! なりません、危険です!」


 バァンと扉を開け放ち、尋常ではない魔力変動を察知したルナが部屋に飛び込んできた。

 魔法陣の座標が蒼銀竜山だと知り、エルフのメイドは血相を変えて立ち塞がる。


「高濃度の魔素が渦巻く場所に、今の主様が行っても犬死にするだけです!」


「どきなさい」


 リリアナは冷徹な声で命じ、ルナを鋭く睨みつける。


「どうしてですか!? あの男に酷い目に遭わされたのを忘れたのですか!」


 ルナが涙ながらに食い下がる。

 リリアナはギュッと拳を握り締め、爪が食い込むほどの痛みを感じながら、心の底に隠していた本音を叫んだ。


「あの人を、愛してるからよ!」


 初めて明確に愛を叫んだ主の姿に、ルナは言葉を失い、ガックリと項垂れる。

 大きく目を見開いた後、彼女は静かに冷たい輝きを放つミスリル包丁を取り出した。


「……わかりました。お供します」

「グルルルゥッ」


 ポチもまた低く唸り声を上げ、魔法陣の上に乗る。

 三人で魔法陣に立ち、リリアナが残りの魔力を全て流し込んだ。

 眩い光と共に、彼女たちは極寒の死地へと跳躍する。


    ◇


 光が収まると、そこは猛吹雪が吹き荒れる蒼銀竜山だった。

 凍てつく風が針のように肌を刺し、生々しく鉄錆のような血の匂いが鼻腔を突く。

 視線の先で、巨大な蒼銀竜が倒れ伏したジークフリートを喰らおうと、鋭い牙を剥き出しにして顎を開いていた。


「やめろ!」


 リリアナの悲鳴のような叫びと共に、ポチとルナが弾丸のように飛び出す。

 フェンリルの鋭い爪とミスリルの刃が、命がけで蒼銀竜の巨体に殺到し、間一髪でその動きを足止めした。


 リリアナは雪を蹴立てて走り、血まみれのジークフリートにすがりつく。

 胸を激しく損壊し、ぬるりとした嫌な感触とともに、すでに彼の脈が止まっていることを知る。


「だ、大丈夫! すぐ直してあげるんだから!」


 リリアナは震える指先で、空中に『蘇生』と魔法文字を描いた。

 しかし、光は生まれない。

 システム的な論理文字では、失われた命を繋ぎ止めることはできなかったのだ。


「だめっ。なんで!? ……そんな」


 ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ち、ジークフリートの冷たい頬を濡らす。

 リリアナは論理を捨てた。

 ただ純粋な祈りだけを指先に込め、空中に新たな文字を紡ぎ出す。


 『生きて』と。


 ジークフリートに、ただ生きてほしかった。

 失礼な男だった。初手で君を愛することはないと、舐めた口を聞いてきた。

 だから愛さないつもりだった。でも気づけば、彼のことばかりを考えていた。


 今も、彼女は夫に生きて帰ってきてほしい。

 そんな願いをこめながら、全力で魔力を使う。


 すると、変化が起きた。

 ジークフリートの傷がみるみるふさがっていくのである。


 漢字による付与は、その文字に込められた意味だけではない。

 術者の強い想いと完全に一致した時、神をも凌ぐ奇跡の力を発揮するのだ。


『お願い』

『いなくならないで』


 リリアナの心の底からの叫びが、圧倒的な光となって文字に宿る。

 神々しい光の奔流がジークフリートの体を包み込み、致命傷だった胸の傷がみるみると塞がっていった。


「リリー?」


 ジークフリートがゆっくりと目を開き、愛しい妻の名前を呼んだ。

 彼女はもう強がらなかった。

 夫が生き返ったことへの喜びを包み隠すことなく表に出し、頬を紅潮させる。


「ジーク! よかったっ」


 リリアナは彼の胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。


 グオォォォォッ!


 背後で蒼銀竜が空気を震わすほどの怒りの咆哮を上げ、ルナとポチを吹き飛ばす。

 再び巨大な氷の槍が生成され、リリアナたちへと降り注ごうとしていた。


「ジーク、今あなたは」

「大丈夫。状況は理解した」


 だが、ジークフリートが静かに立ち上がる。

 彼の体には、リリアナから与えられた『生きて帰る』という最強の祈りが、熱を帯びた無尽蔵の力となって満ち溢れていた。


「私の妻に、触れるな」


 ジークフリートが剣を一閃させる。

 妻の愛と極大の魔力を受けたその一撃は、空を裂くまばゆい光の刃となり、巨大な蒼銀竜を真っ二つに両断した。


 ズドォォォンと地響きと共に竜の巨体が崩れ落ち、猛吹雪が嘘のように晴れていく。

 奇跡の付与魔法が、絶望の運命を打ち砕いた瞬間だった。


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