41.ノイズ越しの最期
リリアナとジークフリートが少しずつ仲良くなっていっていた、ある日のこと。
リリアナは公爵家の玄関前に立っていた。
手には、ポチのリードが握られている。
今日も散歩というていで、彼女は愛する旦那を見送りにきたのだ。
本日より、彼は屋敷を不在にする。
行き先は王都の北の果てにそびえる、蒼銀竜山だ。
そこに巣食った古の竜を討伐するという特級依頼を、ジークフリートは受けてしまったのである。
リリアナは、胸の奥でガンガンと激しい警鐘が鳴り響くのを感じていた。
なんだか、ひどく嫌な予感がする。
心臓がざわつき、冷たい風が頬を撫でた。
それでも、彼女は「行くな」とは言えなかった。
素直になれないからだ。
「では!」
ジークフリートは眩しい笑顔で手を振ると、朝日に照らされながら集合場所へと向かっていった。
残されたリリアナは、首をすくめてぽそりとつぶやく。
「……行ってしまうのね」
徐々に遠ざかっていく広い背中を見送ることしかできない自分が、ひどくもどかしい。
リリアナはポチのリードをぎゅっと握りしめ、ぷくっと頬を膨らませた。
だからせめて、要注意しないといけない。
ジークフリートが去ったあと、離れの作業部屋で、リリアナは魔法陣とドローン映像を繋いだモニターを睨みつけていた。
すでに夫の動向を二十四時間監視する、完全なストーカーと化している。
数時間が経過した。
ざざざっ。
突如として、甲高い電子音と共にモニターの映像に激しいノイズが走った。
「監視モニターにノイズ? ちょっと! どうなってるのよ!」
リリアナはガタッと立ち上がり、焦ったように声を上げる。
蒼銀竜山は高濃度の魔素に覆われているため、遠隔からの観測が極めて困難なのだ。
彼女は原因不明の通信障害に苛立ち、バンッと机を叩いた。
爪を噛み、部屋の中をそわそわと歩き回る。
嫌な汗がじっとりと背中を伝う。
焦燥感が部屋の空気を重くしていった。
ざざざざっ!
再び耳障りなノイズが走り、一瞬だけ映像が鮮明になった。
「ジーク! 聞こえて、大丈夫なのあなた! ねえ!」
それは、どういう理屈か。
映し出された像は、ドローンのものではなく、ジークフリート自身の視点だった。
猛吹雪が吹き荒れる中、巨大な氷の鱗を持つ蒼銀竜が鼓膜を破るほどの咆哮を上げている。
冷気と死の匂いが、モニター越しに伝わってくるかのようだ。
周囲には、赤黒く血に染まった雪と、うめき声を上げる負傷した部下たちの姿があった。
「早く退け! ここは私が食い止める!」
部下を逃がすため、ジークフリートが一人でしんがりを務めていた。
彼が剣を構えた瞬間、蒼銀竜の口から放たれた無数の氷の槍が、容赦なく降り注ぐ。
空気を切り裂く鋭い風切り音が響き渡った。
ドシュッ!
生々しく鈍い音が響き、ジークフリートの体が大きく吹き飛ばされた。
彼の胸を、太い氷の槍が深々と貫いている。
鮮血が雪原に散った。
モニターの向こうで、彼が冷たい雪原に倒れ伏すのが見えた。
映像が大きく乱れ、魔素の干渉で真っ暗に染まっていく。
「……すま、ない……」
ノイズ混じりの、かすれた痛ましい声が響いた。
「ごめん、リリー……」
プツン、と。
通信が完全に途絶え、モニターは不気味なほど静かに沈黙した。
「……ジーク?」
リリアナはガックリと膝から崩れ落ち、震える手で真っ暗な画面に触れた。
信じられない現実に、全身の血の気が引いていく。
「ジーク……? じーくぅぅぅっ!」
彼女の悲痛な叫び声が、薄暗い離れの部屋に虚しく響き渡った。




