35.殺意と精霊と、主様の無自覚なデレ
離れの裏庭。
普段は穏やかな空気が流れるその場所で、今、禍々しい殺気が渦巻いていた。
シャッ……シャッ……。
ルナが砥石に向かっていた。
手に持っているのは、リリアナが開発した『ミスリル包丁・極』。
その刃は、どんな硬い肉も骨ごと断ち切る鋭利な輝きを放っていた。
「……解せません」
ルナの瞳は、底なしの沼のように暗かった。
「主様が、どんどんあのクソ駄犬に絆され始めている……」
昨夜の「タックル事故」といい、その前の「カニ剥き」といい。
リリアナの態度は、明らかに軟化している。
口では「嫌い」「うざい」と言っているが、行動が伴っていない。
「このままでは、主様が再び傷つけられる。あの男は一度、主様の心を殺したのです。二度目は許容できません」
ルナは包丁を光にかざした。
「その前に、私が『掃除』しなければ」
彼女が立ち上がろうとした時、その前に音もなく巨大な影が立ちはだかった。
ポチである。
「グルルル……(よせ)」
ポチが低い唸り声を上げ、ルナを制した。
二人は無言で見つめ合った。
傍から見れば、ただの睨み合いだ。
だが、この瞬間、二人の間では「精霊」を介した高速の念話が交わされていた。
『退きなさい、駄犬2号。私は今から駄犬1号を闇に葬りに行くのです』
『早まるな姉御。旦那を消せば、ボス(リリアナ)が悲しむぜ?』
『悲しむ!?』
ルナの眉が吊り上がった。
『主様はお忘れになられたのですか! 初夜にあの男から受けた屈辱を! 冷遇を! 泣き濡れていたあのお姿を、私は絶対に許しません!』
『許してやれよ』
ポチは諭すように言った。
『過去は変えられない。だが、今は違う。昨日のボスの顔、見たろ? ……ボス自身が、もう許そうとしてるんだよ』
『っ……!』
『あれはもう、雪解けだ。俺たちが口出しすることじゃねぇ』
ルナは言葉に詰まった。
分かってはいる。リリアナが少しずつ笑顔を見せるようになったことも、その笑顔の原因があの男であることも。
だが、忠誠心ゆえに、感情が追いつかないのだ。
「……あんたら、何仲良く見つめ合ってんの?」
不意に、背後から声がかかった。
散歩から戻ったリリアナが、不思議そうな顔で立っていた。
「あ……」
ルナは慌てて包丁を背後に隠した。
「い、いえ! 仲良くなど……! これはその、情報交換です!」
「会話? 言葉通じるの?」
「はい。エルフは精霊と会話ができます。フェンリルもまた、精霊を使役する種族。ゆえに、大気中の精霊を媒体にして、意思疎通が可能なのです」
「へぇ……」
リリアナは感心したように頷いた。
「便利ねそれ。……ふぅん」
彼女は顎に手を当て、何かを考え始めた。
技術者としての顔だ。
「精霊と会話ができれば、もっと精密な魔力制御ができるかも……。そうすれば、もっと繊細な魔道具が作れるわね」
「え、あ、そうですね。主様の技術向上に役立つかと……」
「うんうん。……そしたら」
リリアナはふと、視線を宙に遊ばせた。
そして、ポツリと漏らした。
「……ジークのやつも、もっと驚いて喜んでくれるかな」
――ズキュン。
その無自覚かつ純粋な一言が、ルナの心臓を撃ち抜いた。
「ご主人様ぁああああああ!!」
ルナはその場に崩れ落ちた。
尊い。
主様の健気さが尊すぎて辛い。
あれだけ酷いことをされたのに、結局、創作のモチベーションが「夫を喜ばせるため」に向いている。
その慈悲深さが尊く、そして同時に、その想いの対象があの男であることが悔しくてたまらない。
「え、なに? なんで泣いてんの? 情緒不安定?」
リリアナがドン引きしている横で、ポチは「やれやれ」と息を吐いた。
「ワフン(愛だねぇ)」
結局、ルナの殺意は主人の可愛さによって浄化(霧散)させられるのだった。
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【あとがき】
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