34.その距離は、犬のタックルで埋まる
夕食後のリラックスタイム。
リビングのテーブルで、リリアナは新作の魔道具をいじっていた。
ガラスドームの中に、人工的なオーロラを発生させる『卓上インテリア・オーロラくん』だ。
北の空で見損ねた(お土産になかった)オーロラを、自力で再現してみたのだ。
「うぉお! なんだそれはリリー! 綺麗だ!」
ソファでくつろいでいたジークフリートが、少年のように目を輝かせて食いついてきた。
彼は興味津々でテーブルに身を乗り出し、リリアナの手元(と顔)にぐいっと顔を近づけた。
「すごいな! これなら部屋にいながら北国の夜空が……」
「……っ」
近い。
リリアナは反射的に身を引いた。
「おっとっと、あんま近づかないでくださる~? 暑苦しいわよ」
いつもの照れ隠しである。
普段なら、ここでジークフリートが「照れるなよリリー!」と更に距離を詰めてきて、リリアナが「キショい!」と騒ぐのがお約束の流れだ。
だが、今日は違った。
「……! おお、すまない」
ジークフリートはハッとした顔をして、サッと三歩ほど後ろに下がった。
昨夜の「罪悪感」が効いているのだろう。彼はリリアナの嫌がることは極力しないと心に誓っていたのだ。
「すまない。君の領域を侵すつもりはなかったんだ。これからは気をつけるよ」
彼は直立不動で距離を取り、借りてきた猫のように大人しくなった。
「…………」
リリアナの眉がピクリと動いた。
部屋に流れる、妙によそよそしい空気。
(……なによそれ)
リリアナは面白くなかった。
拒絶したのは自分だ。だから彼は下がった。理屈は合っている。
だが、感情が追いつかない。
(なんで素直に引くのよ。私がバイ菌みたいじゃない。……ふん)
リリアナは頬杖をつき、プイと顔を背けた。
不機嫌オーラ全開だ。
どうした? とジークフリートがオロオロしているが、リリアナは無視を決め込んだ。
そんな二人を、ソファの端で寝ていたポチが片目を開けて見ていた。
「(やれやれ。めんどくせぇ二人だなぁ)」
ポチはあくびを噛み殺すと、むくりと起き上がった。
そして、ジークフリートの背後へ音もなく回り込み、助走距離をとった。
狙いは、無防備な背中。
「ワフーン!(いっけぇー!)」
ドスドスドス!
ポチが床を蹴り、弾丸のようなボディプレス(タックル)を敢行した。
「ぐわっ!?」
不意をつかれたジークフリートが、前のめりに吹っ飛んだ。
その先には、椅子に座って拗ねていたリリアナがいる。
ドシーン!
ジークフリートがリリアナに覆いかぶさる形で、二人まとめて床に転がり込んだ。
「きゃっ!?」
「す、すまないリリー! ポチがいきなり……! すぐ退くよ!」
顔と顔の距離、ゼロセンチ。
ジークフリートは慌てて体を離そうとした。
だが、リリアナは彼の上着の裾を、ちょこんと掴んでいた。
「……はぁ。まったく」
彼女はため息をつき、視線を逸らしたまま言った。
「ポチのせいよ。あのバカ犬が暴走したから、こうなったの」
「え?」
「だから、仕方ないわね。これは事故よ。不可抗力」
リリアナは掴んだ裾を離さなかった。
離れろと言ったり、近づくなと言ったり、くっついたり。
自分でも支離滅裂だとは思うが、今は「ポチのせい」にできる。
「……もう、ポチってば仕方ない犬なんだから。……しばらくこのままでも、私のせいじゃないわ」
「……リリー」
ジークフリートは状況を察し(あるいは都合よく解釈し)、嬉しそうに微笑んで、そのまま寄り添った。
「……重い(嘘)」
仕事を終えたポチは、床で団子になっている二人を一瞥もしなかった。
「(ふっ……礼には及ばねぇよ)」
彼は尻尾を立て、悠然とリビングを出て行った。
その背中は、ハードボイルドな男の哀愁を漂わせていた。




