33.散歩のルートは、偶然(必然)に
夕暮れ時。
離れのリビングで、リリアナは内職に勤しんでいた。
魔石の欠片を組み合わせて、簡単な『魔導ライター』を作っている。
手元の作業は完璧だが、彼女の意識はそこにはなかった。
チラッ。
壁掛け時計を見る。
針は午後六時を回ろうとしている。
騎士団の定時退勤時間だ。
「ん~。そろそろ散歩でもいこっかなー」
リリアナはわざとらしく独りごちて、伸びをした。
「ほーら、ポチ~。散歩の時間よねー」
「ワフン(へいへい)」
ポチがのっそりと立ち上がる。
彼は察していた。
この時間の「散歩」が、どこへ向かうためのものなのかを。
「よし、行くわよ」
リリアナはリードもつけずに外へ出た。
そして、庭を数歩歩いたところで、ポチが(主人の意思を汲み取って)本邸の正門の方角へ歩き出した。
「あー、ポチ、おま、どこいくんだよー(棒読み)」
リリアナの声には、これっぽっちも感情がこもっていなかった。
「そっちは本邸のほうだぞー。困ったなー。引っ張られるー(手ぶら)」
彼女は自分の足で、しっかりと地面を踏みしめてポチの後をついていく。
誰がどう見ても、自分から進んで歩いている。
だが、これはあくまで「犬に連れて行かれた」というテイでなければならないのだ。
◇
正門前。
ちょうど、一台の馬車が滑り込んできたところだった。
扉が開き、ジークフリートが降りてくる。
「ふぅ、今日も疲れたな……」
彼は肩を回し、ふと顔を上げた。
そして、目を見開いた。
「……リリー!?」
そこには、ちょうど散歩(?)に来ていたリリアナとポチの姿があった。
「あ」
リリアナは「げっ」という顔を作った。
「ただいまっ! リリー! まさか、出迎えてくれたのか!?」
ジークフリートが尻尾を振る幻覚が見えるほどの勢いで駆け寄ってくる。
「おかえりなさい」
リリアナはため息交じりに言った。
「はー、ポチがさー、はー、こっちに来ちゃうからさー」
彼女は大げさに肩をすくめた。
「散歩してたら、勝手にここに来ちゃったのよ。はー、困った犬だわー。出迎えたくもないのに、偶然、あくまで偶然、出迎えちゃったわー」
「そうか! ポチのおかげか!」
ジークフリートは満面の笑みだ。
彼とて馬鹿ではない。リリアナがその気になれば、ポチを指一本で制止できることくらい知っている。
つまり、これは彼女の意思だ。
「ありがとう! 疲れが吹き飛んだよ!」
「うるせ。ポチに言えよ」
リリアナはプイと顔を背けた。
「私はかーえる。散歩は終わり」
彼女はくるりと踵を返した。
その足取りは、来る時よりも少しだけ軽やかだった。
「待ってくれリリー! 私も行く!」
ジークフリートが隣に並ぶ。
「ご飯も、一緒に食べよう。君の顔を見ながら食べたいんだ」
「……勝手にすれば~」
リリアナは拒否しなかった。
並んで歩く二人(と一匹)。
夕日が二人の影を長く伸ばしている。
ふと、リリアナが足元を見ると。
ポチがこちらを見上げて、ニッと口角を上げていた。
そして、前足の親指(狼爪)を器用に立てて、
グッ。
とサムズアップしていた。
「……なによ」
「ワフッ(イイネ!)」
「グッ、じゃないわよ。……なんなのよ、もう」
リリアナは赤くなりかけた頬を隠すように、少しだけ歩く速度を上げた。
その背中を、ジークフリートとポチは温かい目で見守りながら追いかけた。




