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32.その温もりが、俺の罪を責める



 翌朝。

 ジークフリートは、微睡みの中で意識を取り戻した。


(……ん、なんだ?)


 いつもなら、この時間は背中の痛みと共に目覚めるはずだった。

 彼は離れの寝室の、硬いフローリングの上で寝起きしているからだ。

 だが今朝は違った。

 まるで雲の上に浮いているかのような浮遊感。

 全身を優しく包み込む、極上の温もり。


「……ここは天国か?」


 ジークフリートは目を開けた。

 天井は見慣れた離れのものだ。

 だが、彼が寝ている床は、最高級ホテルのスイートルームにあるマットレスのように沈み込み、掛けている煎餅布団は最高級のホワイトグースダウンのように膨らんでいた。


「リリーか……」


 彼は上体を起こし、ベッドの方を見た。

 そこには、彼の妻であるリリアナがすやすやと寝息を立てていた。

 昨夜、彼女が無言で魔法をかけてくれたのだ。

 『風邪を引かれたら迷惑だ』とか何とか、憎まれ口を叩きながら。


「……」


 その事実を認識した瞬間、ジークフリートの胸がギュッと締め付けられた。

 温かい。

 この布団も、彼女の不器用な優しさも。

 だからこそ、痛い。


(俺は……なんて酷いことを言ったんだ)


 初夜の記憶が蘇る。

 『君を愛することはない』

 『君はただの飾りだ』

 冷徹に突き放した、あの時の自分の言葉。


 少し前までの彼なら、こう後悔していただろう。

 「こんな有能な魔導師(人材)を飼い殺しにしてしまった。もっと上手く懐柔して、戦力として使い潰すべきだった」と。

 それはあくまで、公爵としての「損得勘定」による後悔だった。


 だが、今は違う。


(こんなにも細やかな気遣いができる、優しい女性に対して……。俺は、彼女の尊厳を踏みにじり、心を凍らせるような暴言を吐いた)


 人材として惜しいのではない。

 一人の人間として、妻として、彼女を傷つけてしまったことへの、純粋な申し訳なさ。

 それが、焼けるような罪悪感となって彼を責め立てた。


 ジークフリートは音もなく立ち上がると、ベッドの傍らに膝をついた。

 騎士が主人に許しを請うような姿勢で、眠るリリアナの顔を見つめた。


「……すまない、リリー」


 誰に聞かせるわけでもなく、懺悔が漏れた。


「君の優しさに甘えてばかりだ。……あの時の言葉を、俺は一生後悔し続けるだろう」


 愛することはない、なんて。

 今さら撤回しても、許されるはずがない。

 彼女が心を閉ざし、自分をゴミのように扱うのも当然の報いだ。


「……行ってくる。ありがとう」


 ジークフリートは立ち上がった。

 しんみりしていても仕方がない。今の自分にできるのは、彼女の生活を守り、少しでも罪を償うことだけだ。

 彼は静かに着替え、部屋を出ていった。


 カチャリ。

 ドアが閉まる音が響き、部屋に静寂が戻る。


「……」


 ベッドの中で、リリアナがパチリと目を開けた。

 起きていた。

 全部聞いていた。


 彼女は布団を鼻まで引き上げ、少しだけ潤んだ瞳で、閉ざされたドアの方を見た。


「……バカ」


 その言葉には、いつもの刺々しさはなく、少しだけ戸惑いと、許しのような響きが混じっていた。


「ワフン(春が来たねぇ)」


 足元のポチが、ニヤニヤとあくびをした。[

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