表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

03.彼の元婚約者がきたらしい(他人事)

 それ以来、奇妙な同居生活が始まった。

 ジークフリートは毎晩、執務が終わると当たり前のように離れにやってくる。

 手には自分の枕……ではなく、リリアナが作った試作品の抱き枕(付与:『雲』)を持って。


「ただいま」


「おかえりなさい。ここは貴方の家じゃありませんけど」


 リリアナが机で書き物をしていると、ジークフリートは無言で背後から近づき、リリアナの肩に額を乗せた。


「充電」


「閣下、重いです。魔道具作りが進みません」


「君の魔力がないと落ち着かない。このまま寝てもいいか?」


「ダメです。ソファーに行ってください」


 最初の頃の「冷徹公爵」はどこへやら。

 今の彼は、リリアナの部屋の空気(『浄』)と、リリアナ自身から漂う魔力に依存しきった、ただの甘えん坊だった。

 どうやら、リリアナの【漢字】が作り出す結界の中だけが、彼にとって唯一「感覚過敏」から解放される場所らしい。

 リリアナの魔力は、彼の暴走しがちな魔力を中和し、鎮める効果があるようだ。

 リリアナにとっても、彼は高価な魔石や美味しいお菓子を貢いでくれるので、まあ「性能の良い大型犬」として許容していた。


 そんなある日のことだ。

 平和な引きこもりライフを揺るがす騒音が響いたのは。


「開けなさい! ジークフリート様がここにいらっしゃるのは分かっているのよ!」


 ドンドン! と激しくドアが叩かれる。

 リリアナが眉をひそめると、窓の外には派手なドレスを着た女性が立っていた。


(誰この人……?)


 ジークフリートに執着している高位貴族の娘だろうか。


「わたくしはジークフリート様の幼なじみで、将来を約束した婚約者なのよ!」


「はぁ……」


(そんなのがいるって聞いてなかったんだけども……)


「【元】婚約者様が、なにか?」


 リリアナとジークフリートはすでに婚姻関係にある。

 だから、そこの女は元、婚約者となる。


「貧乏男爵の娘風情が、ジークフリート様をたぶらかして引きこもらせるなんて! わきまえなさい!」


 どうやら、ジークフリートが本邸に帰らず、毎晩離れに入り浸っていることが漏れたらしい。

 彼女は「ジークフリート様を救出する」という名目で、リリアナへの嫌がらせに来たのだ。


(それと、邪魔な私を排除しようって魂胆……?)


 女が発するのは、窓ガラスが割れそうなほどの金切り声。

 リリアナが「面倒くさいなぁ、防音結界の強度を上げるか」と腰を上げようとした、その時。


 ――ピキッ。


 部屋の空気が凍りついた。

 部屋の奥で、『爆睡』のアイマスクをつけて惰眠を貪っていたジークフリートが、ゆらりと起き上がったのだ。

 アイマスクを外したその瞳は、深淵のように昏く、底冷えする怒りを湛えていた。


「誰だ」


 彼は無言でドアへと歩み寄り、乱暴に開け放った。


「ひっ……! ジ、ジークフリート様!?」


 令嬢たちが色めき立つ。

 しかし、ジークフリートが放ったのは、愛の言葉ではなく、絶対零度の殺気だった。

 周囲の大気が、バリバリと音を立てて凍結していく。


「失せろ」


 低く、地を這うような声。

 それだけで、令嬢たちの顔色が青ざめる。


「私の安眠つまを邪魔するな。二度とこの離れに近づくな。次に騒音を立てれば、その家ごと氷漬けにする」


 それは比喩ではなく、明確な死の宣告だった。

 本気の殺意を浴びた令嬢たちは、悲鳴を上げることも忘れ、腰を抜かし、這うようにして逃げ去っていった。

 あっという間に静寂が戻る。

 ジークフリートは「ふぅ」と息を吐き、扉を閉めると、振り返ってリリアナに抱きついた。


「うるさかった。怖かっただろう、リリー」


(は? 何その態度……。なんで抱きつくんだろう……? 愛してもないくせに)


 彼の態度に困惑しながらも、リリアナはうなずく。


「いえ、別に。閣下の方がよっぽど怖かったですよ」


「すまない。もう、限界だ」


 ジークフリートはリリアナを強く抱きしめたまま、真剣な声で告げた。

 その瞳には、熱っぽい光が宿っている。


「本邸に戻ろう。離れは狭すぎる。本邸の俺の寝室を、君の好きに改造してくれ。君の魔道具で埋め尽くして、二人で暮らそう」


 それは、実質的な愛の告白であり、正式な夫婦としての同居の申し込みだった。

 不眠症が治り、リリアナの有能さと(自分に媚びない)居心地の良さに気づいた彼は、彼女を手放せなくなっていたのだ。

 ハッピーエンドの気配。

 しかし、リリアナは彼の腕の中で、きっぱりと首を横に振った。


「え、普通にお断りしますけど?」


「なっ?」


 ジークフリートが目を見開く。


「な、なぜだ? 私の財力があれば、もっと快適な環境を作れるぞ? 素材も使い放題だ」


「環境の問題じゃありません。契約の問題です」


 リリアナは、にっこりと微笑んだ。

 それは、初夜の時に彼に見せた、淑やかな笑みと同じものだった。


「閣下、仰いましたよね? 『君を愛することはない』と」


「っ……!」


「私はその言葉に深く感銘を受けたんです。ああ、この方は私に面倒な公爵夫人の務めや、ドロドロした感情労働を求めていないんだわ、と! 素晴らしいビジネスパートナーだと思いました!」


 リリアナは力説する。


「本邸に戻れば、またあのうるさい貴族たちの相手をしなきゃいけないでしょう? そんなの御免です。私はここで、誰にも邪魔されず、静かに引きこもっていたいんです。それが私たちの契約ですよね?」


 正論だった。

 あまりにも正論すぎて、ジークフリートはぐうの音も出ない。

 過去の自分の発言が、鋭利なブーメランとなって心臓に突き刺さる。

 あの時は、彼女を守るため、そして自分の平穏のために言った言葉だった。

 それが、まさかこんな形で自分の首を絞めることになるとは。


「だ、だが……私は、君を……」


「愛することはない、ですよね? 安心してください。私も閣下を『最高の金づル……スポンサー』として尊敬していますから!」


 恋愛感情? なにそれ美味しいの?

 リリアナの強固な「引きこもり精神」と、ビジネスライクな笑顔の前に、ジークフリートの淡い恋心は粉砕された。


    ◇


 結局。

 本邸への引っ越しは白紙となり、代わりに離れが増築された。

 ジークフリートは「契約」を盾に、毎晩のように離れへ「出勤」してくる。


「リリー、眠れない」


「はいはい。今日は新作の『熟睡アロマキャンドル』がありますよ」


「違う。君が足りない」


 ベッドに入ったリリアナの背後から、大きな身体が忍び込もうとしてくる。

 しかし、リリアナは布団を頭までかぶり、冷たく言い放った。


「え、普通に嫌ですけど。自分のとこで寝てください」


「そんな……!」


「キャンドルはあげるんで。はい、さようなら」


 リリアナは魔法で灯りを消し、数秒後には「すー、すー」と幸せそうな寝息を立て始めた。

 ジークフリートはしばらく立ち尽くしていたが、やがて肩を落とし、キャンドルを片手にトボトボと部屋を出て行った。


「……君を愛することはない、なんて言わなければよかった」


 本邸の広すぎる寝室。

 静かにはなったが、どこか寒々しい部屋で、ジークフリートは一人キャンドルの炎を見つめる。

 甘い香りはするが、彼女の温もりはない。


「……リリー」


 ジークフリートは悔しげに呟き、枕に顔を埋めた。

 【漢字】の力で手に入れた、最強の引きこもりライフ。

 だが、不眠症の公爵様がリリアナの部屋に「定住」できる日は、まだまだ遠そうである。

【作者からお願いがあります】


少しでも、

「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新がんばれ、応援してる!」


と思っていただけましたら、

広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、

【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!


皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!


なにとぞ、ご協力お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
エピソードの冒頭で「女性が立っていた」とあったので、元婚約者さんはお一人でやってきたのかと思っていたら、ジークフリートが起きたあたりで「令嬢たち」になったので、お一人じゃなく何人か連れてきていたんだと…
まープライドもなんもかんもかなぐり捨てて平身低頭精一杯の謝罪と懇願して前言撤回を認めてもらうしかないんちゃいますかね知らんけど。 相思相愛は不可能でも、せめて片思いぐらいは容認してもらえるといいねw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ