28.ストーカーではなく、安全保障です
離れのリビング。
リリアナは優雅に紅茶を啜っていた。
その横で、ルナが虚空に投影された「映像」を凝視している。
リリアナが開発した『遠隔監視モニター』だ。
映し出されているのは、雪山を行軍するジークフリートの姿である。
「……解せません」
ルナがジト目で呟いた。
「主様。なぜ私が、あの駄犬のストーキングをせねばならないのですか?」
「人聞きが悪いわね。これは『資産管理』よ」
リリアナはカップを置いた。
「彼は我が家の主な収入源(ATM)でしょ? 故障したりロストしたりしたら、私の優雅な生活基盤が揺らぐわ。だから生存確認をしてるだけ」
「つまり、心配しておられると」
「違うわよ。夫に死なれたら『困る』だけ」
リリアナはツンと顔を背けた。
だが、ルナは追撃の手を緩めない。
「しかし主様。相方の居場所を常に把握し、動向を監視し、身の安全を案じる……。その行動は、旦那様が主様にしていることと同じでは?」
「……は?」
「やっていることは、あのストーカー公爵と大差ないかと」
ガーン!!
リリアナの頭上に雷が落ちた。
「な、なん……だと……!?」
リリアナは戦慄した。
自分が。あの変態ストーカーと。同じレベル。
「じょ、冗談じゃないわよ! あんなのと一緒にするな! 私はもっとこう、高尚な理由で……!」
「あ」
ルナが短い声を上げた。
モニターの中で、状況が一変していた。
「バカ犬の周囲に反応多数。……『氷狼』の群れです」
映像の中で、数十匹の白い狼がジークフリートを取り囲んでいた。
連携の取れた波状攻撃。
ジークフリートは剣で応戦しているが、足場の悪い雪山だ。死角からの一撃が、彼の肩口を掠めた。
赤い鮮血が雪に散る。
「あっ」
リリアナの目が座った。
先程までの「ストーカー論争」など消し飛んだ。
「ポチ」
「ワフ?(ん?)」
リリアナは床に指を走らせ、魔法陣を描いた。
空間をつなぐ『転移ゲート』だ。
「蹴散らしてきなさい」
「ワフン?(マジで? あの程度なら放っておいても勝つだろ?)」
「い・け」
リリアナの瞳からハイライトが消えていた。
ATMを守るためなら、過剰防衛も辞さない構えだ。
ポチは「やれやれ」と首を振り、魔法陣へと飛び込んだ。
◇
北方山脈。
ジークフリートは舌打ちをした。
「ちっ、数が多いな……!」
怪我は大したことはない。だが、この数は厄介だ。
その時だった。
ヒュンッ!
虚空に穴が開き、銀色の暴風が飛び出した。
ポチだ。
フェンリルの巨躯が、群れのボス狼を頭からガブリと噛み砕く。
「ギャンッ!?」
ポチは着地と同時に咆哮した。
「ワオオオオオオオオン!!(失せろ雑種ども!!)」
神獣の覇気。
それだけで、残りの狼たちは恐怖に失禁し、脱兎のごとく逃げ出した。
圧倒的な蹂躙劇。所要時間、十秒。
「ポ、ポチ!? なぜここに!?」
ジークフリートが目を丸くする。
「ということは、リリーが見ていてくれたのか! 私のピンチに駆けつけて……!」
彼が感動して抱きつこうとするより早く、ポチは再びゲートへと飛び込み、撤収した。
◇
離れのリビング。
「おかえり。よくやったわ」
リリアナは戻ってきたポチに、最高級の厚切りビーフジャーキーを放り投げた。
ポチはそれを空中でキャッチし、満足げに咀嚼する。
その光景を、ルナがじーっと見ていた。
生温かい目で。
「……なんですか」
「いえ。ATMの故障を防ぐにしては、随分と迅速な対応でしたね」
「わふん?(やっぱ心配だったんだろ?)」
ポチもニヤニヤしながら尻尾を振っている。
「はー、ちがうし。全然ちがうし」
リリアナは顔を背け、モニターの電源を乱暴に切った。
「資産価値が下がるのが嫌だっただけ。……あと、怪我して帰ってきたら、手当てが面倒だからよ」
言い訳の声が少し上擦っていたことに、リリアナだけが気づいていなかった。




