26.静寂と、身の程知らずの侵入者たち
ジークフリートが遠征に旅立ってから、二日が過ぎた。
離れのリビングは、かつてないほどの静寂に包まれていた。
「……静かね」
リリアナは紅茶のカップを傾け、ぽつりと呟いた。
普段なら、朝から「リリー! おはよう! 今日も可愛いね!」という騒音(夫)が響き渡っている時間だ。
だが今は、時計の針が進む音しか聞こえない。
「平和だわ。最高ね」
リリアナは独りごちた。
誰にも邪魔されず、好きな本を読み、好きな時に寝る。これこそが求めていた理想の引きこもりライフだ。
はずなのだが。
「……」
ページを捲る手が、どこか重い。
足元で寝ているポチも、退屈そうに大あくびをしている。
ルナも無言で控えているが、その瞳には「張り合いがない」という色が浮かんでいた。
(……なんか、調子狂うわね)
騒がしいのがいなくなって清々したはずなのに、この奇妙な空虚感はなんだろう。
リリアナは首を振り、その感情を「気のせい」として処理した。
◇
その夜。
深い闇に紛れて、公爵邸の裏庭に忍び寄る影があった。
十数人の男たち。
闇ギルドに所属する、手練れの盗賊団である。
「へへっ……聞いた通りだぜ」
リーダー格の男が、離れの灯りを見上げて下卑た笑みを浮かべた。
「『氷の公爵』は北への遠征で不在。本邸の警備は厳重だが、あの離れは手薄だ」
「あそこに住んでる公爵夫人は、冷遇されて押し込められてるらしいっすね」
「ああ。護衛も犬一匹と、メイドが一人だけだそうだ。誘拐して身代金を奪うには絶好のカモだぜ」
彼らは知らなかった。
その「離れ」が、国一番の魔境であり、要塞であることを。
そして「冷遇されている夫人」こそが、この屋敷で最も危険な存在であることを。
「行くぞ。音を立てるなよ」
盗賊たちがフェンスを飛び越え、庭に足を踏み入れた。
その瞬間だった。
カッ!!
庭の地面に描かれた魔法陣が、真紅に発光した。
「なっ!? 警報結界か!?」
「誰だ、手薄だとか言ったやつは!」
慌てふためく盗賊たちの前に、闇の中から二つの影が現れた。
巨大な銀色の狼と、無表情なメイドだ。
「グルルルル……(エサが来たワン)」
ポチが喉を鳴らす。その体躯は馬ほどもあり、溢れ出る魔力は歴戦の盗賊たちを震え上がらせた。
「ひっ!? な、なんだこの犬!? フェンリルか!?」
「排除します」
ルナがスカートの中から数本のナイフを取り出した。
その動きは洗練されており、一目で「同業者(暗殺者)」だとわかるキレがあった。
「くっ、野郎ども! たかが犬と女だ! 囲んで殺せ!」
リーダーが叫び、武器を構える。
◇
離れのリビング。
リリアナはソファで本を読んでいた。
外から、男たちの怒号と悲鳴、そして何かが弾け飛ぶ音が聞こえてくる。
「……うるさいわね」
せっかくの静寂が台無しだ。
リリアナは不機嫌そうに眉を寄せると、指先で空中に文字を描いた。
『防音』
『遮断』
文字が部屋の壁に吸い込まれていく。
直後、外の音がピタリと止んだ。
完全なる静寂が戻ってきた。
窓の外では、音もなく盗賊たちが宙を舞い、地面に埋まり、あるいは氷像になっているのが見えるが、リリアナは興味なさそうに視線を本に戻した。
(……あのバカがいたら、今頃『リリー! 大丈夫か! 怪我はないか!』って大騒ぎしてただろうな)
ふと、そんな光景が脳裏をよぎる。
過保護な夫がいたら、きっと敵を瞬殺した後、リリアナに抱きついて安否確認をしてきただろう。
それはそれで鬱陶しいが、この無機質な静けさよりは、マシかもしれない。
「……はぁ」
リリアナは本を閉じ、窓の外の夜空を見上げた。
北の方角。
雪雲に覆われた空の向こう。
「早く帰ってくればいいのに」
ポツリと漏れた言葉は、自分でも驚くほど素直な響きを帯びていた。
リリアナは慌てて付け足した。
「お土産。……お土産がないと、退屈で死にそうだから」
誰に言い訳するでもなく呟くと、彼女は冷めた紅茶を一口啜った。
翌朝、庭の植木の育ちが妙に良くなっていたが、その理由を深く追求する者はいなかった。
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※2/11(水)
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