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14.夫が帰らないので、現地に行きます



 夜の帳が下り、窓の外は漆黒の闇に包まれていた。

 離れのリビングにある時計が、カチコチと無機質な音を刻んでいる。

 いつもなら日没と共に「リリー! ただいま!」と騒がしく帰ってくるジークフリートが、深夜になっても帰ってこない。


「主様。害獣の気配がありません。死んだのでしょうか」


 元奴隷のエルフ、ルナが淡々と紅茶を淹れながら尋ねた。

 その言葉には、微塵の心配も含まれていない。

 リリアナはソファに寝転がり、読みかけの本を閉じた。


「……遅いわね」


 独り言のように呟く。

 別に心配しているわけではない。

 彼はこの国最強の騎士団長であり、そう簡単にくたばるようなタマではないはずだ。

 だが、万が一彼が死ねば、リリアナの快適な引きこもりライフを支える「資金源パトロン」が断たれてしまう。

 それは困る。非常に困る。


(やれやれ、仕方ない。ほんと、仕方ないから動いてやるんだからね)


「ルナ。地図を持ってきて」


「御意」


 ルナが持ってきた羊皮紙の地図を広げると、リリアナは懐から一つの魔道具を取り出した。

 結婚指輪と対になるように作られた、特製の羅針盤だ。

 通称、『夫探知機ストーカーマップ』である。


「……北の森の奥で止まってる。微動だにしない」


 魔力の光点が、森の深部で赤く点滅している。

 これは戦闘状態を示していた。


「ルナ、様子を見てきなさい。危なそうならサポートを」


 リリアナは四次元ポケット的な機能を持つ鞄をルナに放り投げた。

 中には回復薬や、様々な魔道具が詰め込まれている。


「承知いたしました。ただちに急行します」


「あ、待って。その靴じゃ遅いわ」


 リリアナは玄関にあった革靴を指差した。

 先ほど完成したばかりの新作だ。

 踵の部分に、疾風を意味する魔法文字が刻まれている。


「これ履いてって。付与は『瞬足』『軽』『縮地』よ」


「ありがたき幸せ……!」


 ルナは目を輝かせ、頬を紅潮させて靴を履き替えた。

 彼女はリリアナから何かを与えられるだけで、尻尾が見えるほどに喜ぶ。


「行って参ります!」


 ドンッ!!


 爆発音のような衝撃波を残し、ルナの姿が掻き消えた。

 窓ガラスがビリビリと震える。

 現代のスポーツカーすら置き去りにする超音速の初動だ。


     ◇


 北の森。

 そこは吹雪と殺気に支配されていた。


「ハァ……ハァ……! しぶといな……!」


 ジークフリートは肩で息をしながら、愛剣を構え直した。

 彼の目の前には、見上げるような巨躯の魔獣が立ちはだかっている。

 白銀の毛並みを持つはずの「森の主」だ。

 しかし、今の姿は見る影もない。

 全身からどす黒い瘴気を噴き出し、目は赤く血走り、狂ったように爪を振り回している。


「グルルルルルァァァ!!」


 魔獣の咆哮が木々をなぎ倒す。

 ジークフリートは氷の壁を展開して防ぐが、瘴気による腐食効果で氷が脆く崩れ去る。

 斬りつけても、傷口から黒い霧が湧き出し、一瞬で再生してしまうのだ。


「これではジリ貧だぞ」


 長期戦になれば不利なのは明白だ。

 かといって、ここで退けば暴走した主が街へ降りてしまう。

 覚悟を決めて特攻しようとした、その時だ。


 ヒュンッ!


 風を切り裂く音と共に、木の上に人影が現れた。


「旦那様、加勢します」


「ルナか! なぜここに!?」


「主様の命令です」


 ルナは袋から奇妙な形の眼鏡を取り出し、装着した。

 片眼鏡のような形状をした魔道具、『解析眼鏡スカウター』だ。

 レンズ越しに魔獣を見ると、黒い瘴気の流れと、その中心にある核が数値化されて浮かび上がる。


「……通信繋ぎます」


 ルナは耳元のイヤーカフ(通信機)に指を当てた。


『どう? 状況は』


 脳内にリリアナの気だるげな声が響く。

 彼女は今ごろ、暖かいコタツで蜜柑でも食べているのだろう。


「報告します。対象は『森の主』クラスの狼型魔獣。何者かの強力な呪いにより暴走状態にあります。再生速度が異常に速く、物理攻撃での討伐は困難かと」


『呪い? あー、なるほど。ジークが苦戦してるのは、相手を殺さないように手加減してるからじゃなくて、単に呪いの再生力が厄介なだけか』


 リリアナの声には、納得の色が滲んでいた。


『このままだとジークが負けるか、勝ってもボロボロになって明日の朝食当番ができなくなるわね』


 心配のベクトルが微妙にずれている。

 しかし、彼女の次の言葉は合理的かつ冷徹だった。


『倒すより、直すほうが早いわ』


「直す、ですか?」


『そう。元に戻せば戦闘終了でしょ。ルナ、袋に入ってる『転送布シート』を広げて。私が行く』


「り、リリーが来るのか!?」


 通信を聞いていたジークフリートが驚愕に目を見開いた。


「バカな! ここは戦場だぞ! 君のような華奢な女性が来ていい場所ではない!」


『うるさい。アンタがとっとと終わらせないからでしょ』


 ルナは手際よく地面に布を広げた。

 そこに描かれた魔法陣がカッと輝く。

 次の瞬間。

 パジャマの上にカーディガンを羽織り、モコモコのスリッパを履いたリリアナが、光の中から現れた。


「さっむ……」


 第一声は寒さへの文句だった。


「リリー! 危ない!!」


 その隙を突いて、魔獣が襲いかかってくる。

 丸太のような腕が振り下ろされ、鋭利な爪がリリアナの頭上に迫る。

 ジークフリートは絶叫し、身を挺して庇おうとした。

 だが、リリアナは動じない。

 彼女はため息を一つつくと、迫り来る爪を見上げ、空中に指を走らせた。


『解呪』


 そして、


『鎮静』


 二つの漢字が光の矢となって放たれ、魔獣の額に吸い込まれる。

 ドクンッ、と魔獣の動きが止まった。


「ギャ……オ……?」


 全身を覆っていた黒い瘴気が、朝霧が晴れるように急速に薄れていく。

 赤く充血していた瞳から狂気が消え、本来の澄んだ碧色が戻った。

 圧倒的な殺気が消滅し、ただの大きな犬のような雰囲気が漂う。

 ズズズン、と魔獣はその場にへたり込んだ。


「……は?」


 ジークフリートは剣を構えたまま硬直した。

 彼が数時間かけて削りきれなかった「呪い」が、たった一瞬で、しかも文字を書いただけで霧散したのだ。


「ば、バカな……。あれほど狂暴だった魔獣を一撃で……? リリー、君はやはり女神なのか!?」


 ジークフリートは感動と興奮で目を輝かせ、膝から崩れ落ちた。

 拝み出しそうな勢いである。


「は? ただの酔っ払いを介抱するのと同じですよ。理性を戻しただけ」


 リリアナは興味なさそうに鼻を鳴らすと、寒さに震えて身を縮こまらせた。


「ああもう、極寒。早く帰ってコタツに入りたい。ルナ、帰るわよ」


「御意!」


「待ってくれリリー! 私も連れて行ってくれ!」


 雪原に取り残されたのは、憑き物が落ちてキョトンとしている巨大な狼と、妻の偉大さに打ちのめされた公爵だった。


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― 新着の感想 ―
解呪と鎮静って画数多くないか!?
公爵をその場に置いていくの草 夫人、たまーに絆されたとしても、公爵を金づる扱いのままの距離感でいて欲しい
とうとう…魔獣まで、サクッと倒してしまった〜笑笑 恐るべし…いいぞ〜リリアナ(≧∇≦)b
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