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13.夫とケーキと、ゼロカロリー理論

昨日は、20時にも更新してます。



 その日の午後、離れの玄関先は殺伐としていた。


「害獣。これ以上の接近は許可しません」


 元奴隷のエルフ、ルナが冷徹な瞳で短剣を構えている。

 その切っ先が向いているのは、この屋敷の主であるジークフリートだ。

 普段なら力尽くで突破しようとする彼だが、今日は様子が違った。

 彼は両手を上げ、降参のポーズを取りながらも、その手には「切り札」となる白い箱が握られている。


「待て! 今日は争いに来たのではない! 平和的な交渉に来た!」


「問答無用」


「これを見てもか! 帝国の老舗洋菓子店『緋色の妖精』の新作、『宝石タルト』だぞ!」


 ジークフリートが箱を掲げた瞬間。

 リビングから突風のような速さでリリアナが現れた。


「ルナ、通しなさい」


「主様!?」


「それは『緋色の妖精』のタルトよ。予約半年待ちの幻のスイーツ……。話くらいは聞いてあげるわ」


 リリアナの目は、夫ではなく箱に釘付けだった。

 現金なものである。


     ◇


 離れのリビング。

 テーブルの上には、色とりどりのフルーツが乗ったタルトが並べられていた。

 ルビーのようなイチゴ、琥珀のような桃、エメラルドのようなマスカット。

 甘いバターとカスタードの香りが部屋中に充満し、リリアナの食欲を刺激する。


(美味しそう……。前世でもこんな高級品、滅多に食べられなかったわ)


 リリアナはゴクリと喉を鳴らした。

 だが、フォークを手に取ったところで動きが止まる。


(待って。これ、カロリーやばくない?)


 タルト生地にはバターがたっぷり。

 その上にはカスタードクリームの海。

 推定カロリーは、一個で五百キロカロリーを超えるだろう。

 今のリリアナは引きこもり生活で運動不足だ。これを食べれば、確実に「贅肉」という名の呪いとなって体に刻まれる。


「どうしたリリー? 食べないのか?」


 向かいに座ったジークフリートが不思議そうに尋ねる。

 リリアナは真剣な表情でフォークを構え直した。


「待ってください。下処理をします」


「下処理?」


「このままでは『毒』と同じです。浄化します」


 リリアナは指先に魔力を集中させ、空中に漢字を描いた。


『不肥』


 その文字はタルトに吸い込まれ、一瞬だけ淡いピンク色の光を放った。


「よし。これで無害化されました」


「……今、何をしたんだ?」


「『脂肪蓄積無効化』の付与です。これでこのタルトは、摂取しても体内で脂肪として蓄積されることはありません。つまり、実質カロリーゼロです」


「相変わらず理屈がわからんが……」


 ジークフリートは呆れたように笑った。


「まあ、君が美味しく食べられるなら、それが一番だ」


 許可も下りたところで(カロリー的な意味で)、リリアナはタルトを口に運んだ。

 サクッという軽快な音と共に、タルト生地が崩れる。

 濃厚なカスタードの甘さと、フルーツの瑞々しい酸味が口いっぱいに広がった。


「んん~っ! 美味しい!」


 リリアナは頬を押さえて身悶えした。

 幸せの味がする。

 彼女が至福の表情で次々とタルトを平らげていくのを、ジークフリートは紅茶を啜りながら静かに見守っていた。

 その視線が、やけに優しいことに気づき、リリアナはふと手を止めた。


「……あの、食べないんですか?」


 箱にはまだタルトが残っている。

 しかし、ジークフリートの皿は空のままだ。


「ああ、私は甘いものはそれほど得意ではないからね」


「じゃあ、なんで買ってきたんですか?」


「君が甘い物を好きだと言っていただろう?」


(言ったかな……?)


「あ、しまった。盗み聞きしたの間違いだった」


「おい」


「新作が出たと聞いて、朝から並んだんだ。三時間ほど待ったかな」


「……三時間?」


 リリアナは目を丸くした。

 この国最強の騎士団長が?

 あの「氷の公爵」が?

 スイーツ店の行列に、ただ妻のために三時間も?


(……バカなの? いや、暇なの?)


 呆れると同時に、胸の奥が少しだけチクリとした。

 自分を排除しようとする妻のために、そこまでするなんて。

 不憫というか、健気というか。


「……はぁ」


(こいつなりに、謝意を表そうとしているのかもしれない。初手で私に酷いことを言った件を、挽回しようと必死なのね)


 正直、この男に対して、好意は一ミリも抱いていない。

 しかし、今回の行動はいつものような「好意の押しつけ」ではなく、相手を喜ばせようという純粋な気持ちが見える。

 それを無碍にするほど、リリアナは悪魔ではなかった。


 リリアナは小さく溜息をつくと、残っていたタルトを一口大に切り分けた。

 そして、それをフォークに刺し、ジークフリートの方へ突き出した。


「ほら」


「え?」


「甘いのが苦手でも、一口くらいなら食べられるでしょう。余ると勿体ないし、これ、美味しいですよ」


 ぶっきらぼうな口調だが、それは明確な「お裾分け」だった。

 ジークフリートは凍りついたように固まった。

 視線はフォークの先のタルトに釘付けになっている。


「リ、リリーが……私に……あ、あーんを……?」


「違います。残飯処理です」


「食べる! 食べるよ! 皿まで食べる!」


 ジークフリートは身を乗り出し、震える口でタルトを迎え入れた。

 パクり。


「……っ!!」


 咀嚼した瞬間、彼は天を仰いだ。

 その目からツーッと涙が流れる。


「あ、甘い……。これが、愛の味か……」


「ただの砂糖とバターの味です」


「いや、違う! これは君の優しさの味だ! ああ、死んでもいい……!」


 大袈裟にむせび泣く公爵を見て、リリアナは呆れつつも、悪い気はしなかった。

 少なくとも、タルトは美味しかったし、彼のおかげでカロリーも気にせず食べられたのだ。

 今日くらいは、少し優しくしてやってもいいだろう。


「……ご馳走様でした。お茶、淹れ直しましょうか?」


「リリー!! 愛してるぞー!!」


「うるさい。ルナ、やっぱりつまみ出して」


「御意」


 感極まって抱きつこうとしたジークフリートの襟首を、ルナが無慈悲に掴んだ。

 そのままズルズルと廊下へ引きずられていく公爵。

 その背中を見送りながら、リリアナは最後の一口を口に放り込んだ。

 口の中に残る甘さは、いつもより少しだけ格別な気がした。


【おしらせ】

※1/30(金)


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これは二人の仲がちょっとだけ改善されたのかな?
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