11.路地裏の女神様(ポテチの代償)
【※おしらせ】
本日20時に、もう1話投稿します。
深夜のヘイリス公爵邸。
その厨房から、小気味好い音が響いていた。
トントントントン。
リリアナが包丁を握り、ジャガイモを極薄にスライスしている音だ。
本来、彼女が住まう「離れ」にはキッチンがない。
簡単な湯沸かし程度なら魔法でどうにかなるが、本格的な調理となると設備が必要だ。
だからといって、わざわざ本邸に住むつもりはない。あそこはジークフリートとの遭遇率が高すぎる。
(面倒くさい。本邸までの往復、本当にだるい)
リリアナは心の中で毒づきながらも、手を止めない。
食への執念が、ズボラな彼女を突き動かしていた。
スライスした芋を水に晒し、水気を拭き取る。
鍋に油を熱し、投入。
ジュワーッという音と共に、香ばしい匂いが立ち上る。
現代日本が生んだ悪魔的スナック、「ポテトチップス」の完成だ。
仕上げに岩塩と青海苔をまぶせば、そこはもう天国だった。
リリアナはウキウキと揚げたてのポテチを手に取り、一口齧る。
「んー、このパリパリ感! 背徳の味がする!」
リリアナは厨房の隅で、一人ポテチパーティを開催した。
誰にも邪魔されず、好きなものを好きなだけ食べる。
これこそが引きこもりの醍醐味だ。
しかし、その平和は翌朝にあっけなく崩れ去った。
◇
「リリー。昨晩、本邸の厨房で揚げ物を食べていただろう?」
朝食の席で、ジークフリートが爽やかな笑顔で告げた。
リリアナの手が止まる。
「……なんのことですか?」
「隠さなくていい。夜警のメイドから報告があった。『厨房から、油の跳ねる音と、何かを咀嚼するカリカリという音が聞こえた』とな」
ジークフリートは心配そうに眉を下げた。
「深夜の油物は消化に悪いし、わざわざ本邸まで来るのは湯冷めする。君の健康は私の宝なのだから、食生活には気をつけてくれ」
「……」
リリアナは無表情でパンを千切った。
心の中では、盛大に舌打ちをしていた。
(本邸のメイドたち、優秀すぎるのが仇になった。私の行動が筒抜けだ)
公爵家の使用人たちは、あくまでジークフリートに忠誠を誓っている。
リリアナの健康を気遣うあまり、些細な異変もすべて主に報告してしまうのだ。
これでは、迂闊に夜食も食べられない。
かといって、ポテチのために毎晩本邸へ侵入するのは、正直しんどい。
移動がだるい。寒い。見つかるリスクがある。
それに食事についてもだ。
ぶっちゃけ、彼女はジークフリートと食事をしたくない。
できれば離れで食べたいのだ。
しかし、彼の息がかかった使用人たちでは、料理を運んでくれないのである。
(私の命令だけを聞く、口の堅い手駒が必要だ)
リリアナは決意した。
ジークフリートに情報を流さない、自分だけの忠実な「パシリ」を手に入れることを。
◇
数日後。
ジークフリートが騎士団の演習で留守の隙を狙い、リリアナは街へ繰り出した。
向かったのは、煌びやかな大通りではなく、薄暗い路地裏にある「闇市」だ。
ここでは、正規のルートに乗らない訳ありの商品や、奴隷が売買されている。
(奴隷……あんまり気分がいいものじゃあないって思ってしまうわね。元地球人だから)
しかし、今は異世界人だ。
前世の常識や価値観は、こっちでは異端になる。
郷に入っては郷に従えという言葉もある。
ゆえに、リリアナは別に奴隷商人、および奴隷売買について、口を挟むつもりは毛頭ない。
それに、主人の命令に絶対服従な奴隷はとても便利なのは事実だ。
「へい、らっしゃい。安いよ」
歯の抜けた商人が、下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。
リリアナはフードを目深に被り、店内を見渡した。
屈強な男や、見目麗しい愛玩奴隷は高い。
リリアナの狙いは、もっと安くて、誰も欲しがらない「掘り出し物」だ。
予算は最低限だ。いざとなったときのため、彼女は貯金をしている。
奴隷を買うお金は、自分のへそくりの範囲内。ドケチ根性が炸裂する。
「……あそこの隅にいるのは?」
リリアナが指差したのは、鉄格子の奥でうずくまっている小さな影だった。
ボロ布を纏い、泥と垢にまみれている。
髪はバサバサで色はわからず、何より目立つのは、半分千切れて化膿した耳だった。
「ああ、そりゃゴミだ。耳も聞こえねえし、口も利かねえ。明日には処分する予定の廃棄品だよ。銀貨三枚でいいぜ」
商人は鼻を鳴らす。
だが、リリアナの目には違って見えていた。
(銀貨三枚って、三千円? やす……それに)
その薄汚れた体の奥底に、確かな魔力の光が宿っているのを。
(磨けば光るわね。それに、この状態なら恩も売れる)
「買ったわ」
◇
リリアナは少女を引き取ると、人気のない路地裏へと連れ込んだ。
少女は怯え、震えている。
何せ、自分を買った主人が、いきなり暗い路地へ入っていったのだ。
ここで殺されると思ったとしても無理はない。
(言葉で言ったところで、信じてはもらえないよね。生殺与奪の権利は私が握ってるわけだし)
それに初対面なのだ。
信頼もへったくれもないだろう。
元地球人としては、奴隷を雑に扱うつもりは毛頭なかった。
命令権を発動させるつもりもない。
あくまで、奴隷には自発的に、手伝いをしてもらいたいのである。
「じっとしてて。すぐに終わるから」
リリアナは指先を光らせ、空中に漢字を描いた。
『洗浄』
魔法が発動すると、少女の体を覆っていた分厚い泥と垢が、一瞬にして弾け飛んだ。
現れたのは、月光のように輝く銀髪と、透き通るような白磁の肌。
「次はこれ」
『再生』
さらに描かれた文字が、少女の耳に吸い込まれる。
すると、千切れて化膿していた傷口が、早回しの映像のように盛り上がり、修復されていく。
ものの数秒で、そこには長く尖った、美しい「エルフの耳」が再生していた。
「あら、貴女エルフだったのね。耳が欠けてたから人間かと思ったわ」
「あ……あ……」
少女は自分の耳に手をやった。
聞こえる。
街の喧騒も、風の音も、そして目の前の主人の声も。
痛みは消え、体には力が漲っている。
「あ、貴方様は……伝説の女神キリエライト様の化身であらせられますか……?」
少女はその場に崩れ落ちるように平伏した。
瞳からは大粒の涙が溢れている。
「いいえ、ただの公爵夫人(ニート希望)です。ポテチを隠れて食べたいだけの」
「ポテチ……? それが神界の食べ物なのですね……!」
「まあ、ある意味そうかも。助けた代わりに働いてもらうわよ。仕事は『買い出し』と『ジークフリートへの情報遮断』。口が堅いのが条件よ」
「はい! この命尽きるまで、主様の秘密をお守りします! 私の名はルナとお呼びください!」
重すぎる忠誠心を手に入れた。
◇
夕刻。
演習から帰宅したジークフリートは、勝手に離れに足を踏み入れ――要するに不法侵入し、絶句した。
「誰だその女は! なぜリリーの側にいる!」
そこには、メイド服に身を包んだ絶世の美少女エルフ、ルナが控えていた。
リリアナの髪を梳かし、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「拾いました。私の専属メイドのルナです」
「エルフ……? しかもこれほどの美貌……」
ジークフリートの表情が険しくなる。
男であれば、即座に氷漬けにして排除するところだ。
しかし、相手は女性。
しかも、リリアナが心を許しているように見える。
「……だが、女か……。リリーの世話係が男でなくてよかった」
彼はギリギリのところで理性を保った。
だが、嫉妬心までは抑えきれない。
「リリー! 私も髪を梳かしてあげたい! 寂しかったぞ!」
ジークフリートが大型犬のように飛びつこうとした、その時だ。
シュッ。
音もなく、ルナが二人の間に割り込んだ。
その手には、どこから出したのか護身用の短剣が握られている。
瞳は冷徹そのものだ。
「旦那様。主様が『ポテチのカスがつくから寄るな』と仰っています」
「ポテチ!? なんだそれは! 貴様、誰の許可を得て私に刃を向ける!」
「私の主はリリアナ様ただお一人です。害獣の接近は排除します」
「が、害獣だと……!?」
国最強の騎士団長を害獣扱いするメイド。
ジークフリートはわなわなと震え、リリアナに助けを求めた。
「リリー! このメイド、教育がなってないぞ!」
「いいえ、素晴らしい教育の成果です」
リリアナは満足げにポテチを齧った。
これで、わずらわしい本邸への往復も、夫からの過干渉も防げる。
最強の防波堤を手に入れ、リリアナの引きこもり要塞はさらに強固になったのだった。
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