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01.白い結婚? ありがとうございます!

こちら短編(https://ncode.syosetu.com/n0038lr/)を

連載版として改稿したものとなってます!

よろしくお願いします!

 ゲータ・ニィガ王国の王都、その一等地に広大な敷地を持つ公爵邸。

 その主であるジークフリート・フォン・ヘイリス公爵は、執務机の向こう側から、氷のように冷ややかな視線を妻へと向けていた。


「リリアナ。君を愛することはない」


 それは、新婚初夜の言葉としてはあまりに無慈悲で、実務的だった。

 ジークフリートは「氷の公爵」の異名を持つ、国最強の魔術師であり騎士団長だ。

 彫刻のように整った美貌は、見る者を陶酔させるが、同時に近づく者を凍死させるほどの拒絶を纏っている。


 特に今の彼は機嫌が悪かった。

 目の下には濃い隈が刻まれ、肌は青白く、全身から「不快だ」というオーラが棘のように逆立っている。


「この結婚は、周囲の雑音を黙らせるための契約に過ぎない。君には衣食住の全てを保証するし、公爵夫人としての予算も渡そう。だが、私に夫としての役割を求めるな。分かったら、離れへ行け」


 要約すれば「俺の視界に入るな、飼い殺しにしてやる」という宣言だ。

 普通の令嬢であれば、絶望に打ちひしがれ、その場で泣き崩れる場面だろう。


 しかし。

 男爵令嬢リリアナは、長い睫毛を伏せ、淑やかにカーテシーをして見せた。


「承知いたしました、閣下。お言葉通りに」


 その声は微塵も震えてなどいなかった。

 むしろ、内心ではガッツポーズとともに、喜びのファンファーレを鳴り響かせていたのだ。


(やったぁぁぁぁっ! 公務なし! 夜伽なし! それでいて衣食住保証のニート生活確定! 最高ー!)


 リリアナには前世の記憶がある。

 日本という国で、ブラック企業の社畜として働き、過労死した記憶だ。

 終電帰りの日々。睡眠時間は三時間。休日は泥のように眠るだけ。

 だからこそ、今世での目標はただ一つ。


 『誰にも邪魔されず、快適に引きこもって眠る』。


 ジークフリートの冷遇は、リリアナにとって願ってもない「放置プレイ」だった。

 夫に愛されない? 上等だ。愛など腹の足しにもならないが、睡眠は人生の質を劇的に向上させるのだから。


「そう、か」


 ジークフリートは、リリアナがあまりに素直に従うものだから、呆気にとられたように目を剥いていた。


    ◇


 案内された「離れ」は、長年使われていなかったのか、酷い有様だった。

 壁は薄く隙間風が吹き込み、備え付けのベッドは煎餅のように硬く、埃臭い。窓ガラスはガタガタと鳴り、歩くたびに床板が悲鳴を上げる。

 案内した老執事が、申し訳なさそうに頭を下げた。


「奥様、すぐに業者を呼んで修繕を」


「いいえ、必要ありません。誰も入れないでください」


 リリアナは食い気味に断った。

 業者が入れば、引きこもれない。それに、リリアナには秘密があった。


「あの、奥様。ですがこれでは……」


「大丈夫、一人でできるから。それじゃ、誰も入ってこないように」


 リリアナは半ば強引に執事を追い出し、扉を閉めた。

 ガチャリ、と鍵をかける。

 ようやく一人になった部屋で、リリアナは自分の人差し指を見つめた。


「さて、と。やりますか」


 リリアナの実家である男爵家において、彼女は「出来損ない」と呼ばれていた。

 原因は、この世界の「魔法技術」にある。

 この世界で魔道具を作るには「付与魔法」が必要だ。

 だが、その工程はあまりに複雑すぎる。

 例えば「軽くする」という効果を付与するためには、何百もの幾何学模様と古代ルーン文字を組み合わせ、数時間かけて正確に刻まなければならない。

 少しでも線が歪めば失敗し、爆発する。

 リリアナはその複雑怪奇な図形をどうしても覚えられず、魔力の制御も苦手とされていた。


 だが、前世の記憶を取り戻した時、リリアナは気づいてしまったのだ。


(ルーン文字なんて使う必要ないじゃん。【漢字】があるんだから)


 漢字。

 それは一文字に意味と概念が圧縮された、奇跡の言語。

 ルーン文字が「プログラムコード」だとするなら、漢字は「実行アイコン」だ。

 過程をすっ飛ばし、結果だけを定義する。


「まずは、このペラペラの布団からね。睡眠の質は、人生の質!」


 リリアナは煎餅布団の上に手をかざす。

 人差し指に魔力を集中させる。

 チリチリとした熱と共に、指先に淡い金色の光が灯った。

 彼女は空を切るように、素早く指を走らせる。

 本来なら数時間かかる儀式が、たったの二画、一秒で終わる。


『雲』


 書き終えた瞬間、光の文字が布団に吸い込まれた。

 ボンッ! という小気味よい音と共に、ペシャンコだった布団が、まるで夏の入道雲のようにモコモコと膨れ上がる。

 リリアナがおそるおそる手を触れると、そこには底つき感ゼロの、無重力のような弾力があった。

 最高級の羽毛布団すら裸足で逃げ出す「雲のベッド」の完成だ。


(やっぱり! 私の魔力が少ないんじゃなくて、ルーン文字の燃費が悪すぎただけなんだわ!)


 漢字付与は、魔力消費も極端に少ない。

 これならいくらでも作れる。

 むくむく、とリリアナの中で、作りたい欲が湧き上がってきた。

 ここは、剣と魔法の世界であっても、技術レベルは中世だ。

 夏は暑い、冬は寒い、服はごわごわしている。

 それら不便を、リリアナの漢字付与が解消できる。


(なら作るっきゃないでしょ!)


「よし、次は環境設定!」


 リリアナは指揮者のように指を振るう。

 ガタつく窓枠には『防音』と『遮断』。

 薄い壁には『適温』と『浄化』。

 硬い木製の椅子には『猫』。


 次々と発動する漢字魔法。

 隙間風はピタリと止み、部屋の温度は春の日差しのようにポカポカと安定する。

 埃っぽかった空気は、高原の朝のように清浄なものへと変わった。

 リリアナは雲のベッドにダイブした。


「ふあぁ……」


 全身が優しく受け止められる。

 重力から解き放たれたような浮遊感。

 前世からの悲願である「最高の睡眠」を手に入れた彼女は、瞬く間に夢の世界へと旅立った。



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― 新着の感想 ―
「雲」が二画? 十二画の間違いでは?
他の作品から参りました 最初の「ゲータ・ニィガ王国」で私(本日雪で外出あきらめた新潟県民)はツボにはまってしまいました~ この後ゆっくり読みます♪
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