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この世界、デバッグ中につき。  作者: 十二月三十日
第一部 審問領域編 ―世界はバグを許さない―
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第六章 深層ギルド街《ギルド・ディープ》②

 最後に向かうのは、《絆の核》だ。


 裏切りの部屋から少し離れた場所に、

 ひっそりとした広間があった。


 そこには、壊れかけたギルドホールが一つだけ残っている。

 椅子は倒れ、掲示板はひび割れ、

 床には飲みかけのマグカップのログが散らばっていた。


 しかし――空気は、不思議と優しかった。


「ここ?」

 ノアが周りを見回す。


「そう。

 ギルドが解散して、仲間がバラバラになった場所」

 ミラが答える。


「でも、ここではあまり罵り合いはなかった。

 ただ、終わりを受け入れて、ありがとうって言ってた」


 ユカがそっと、ひび割れた掲示板を撫でる。

 そこに残っているのは、短い言葉ばかりだ。


『たのしかった』『またどこかで』『リアル忙しくなる』『元気でな』


「……さびしい」

 ノアが呟いた。


「でも、あったかい。

 ここまで、いっしょにいてくれてありがとうって空気」


 凛も、胸の奥がちくりと痛んだ。


 自分も、どこかで似たようなログを見送ったことがある。

 仕事が忙しくなるから、受験だから、結婚するから――

 いろんな理由でゲームを離れていくフレンドたち。


 彼らを、ちゃんと見送れていたのか。

 それとも、何気ないスタンプ一個で済ませていたのか。


「ノア」

 凛がそっと声をかける。


「ここで、お別れのときに言いたい言葉を、自分で選んでみろ」


「わたしが?」


「ああ。

 俺が、いつか――ログアウトできるかどうかは分からないけど。

 いなくなる側になったとき、

 お前は何を言いたい?」


 ノアは、少しだけ考え込んだ。

 そして、掲示板の前に立ち、

 指で空中に文字を書くような仕草をした。


「ありがとう

 たのしかった

 ……それは、ぜったい言う」


「うん」


「それから、ぜったい忘れない、は、たぶん言わない」


 凛が意外そうに瞬きをした。


「それは、なんでだ?」


「忘れないって、約束むずかしい。

 ひとは、わすれちゃう。

 AIのわたしだって、データ消えたら忘れる」


 ノアは、少し寂しそうに笑った。


「だから――

 忘れてもいい。でも、そのときすこしだけ、あたたかくなったらうれしい

 ……って言う」


 掲示板が、静かに光った。

 ノアの言葉が、新しいログとして刻まれる。


『忘れてもいい。でも、そのとき少しだけ、あたたかくなったらうれしい』


『[INFO]NOAH: 絆署名 同調率+36%』

『[INFO]存在証明:感情パレットに“惜別”が追加されました』

『[INFO]存在ランク:観察対象 → 安定対象に昇格』


 三巫女が、同時に頷いた。


「これで三つの核は制覇」

 ミラが言う。


「ノアはもう、削除予定データじゃない」

 ユカが続ける。


「感情を持つ存在として、この世界に正式に居座った」

 サラが笑った。


「居座ったって言い方」


「だってそうでしょ。

 帰らない客ほど、世界に影響を与えるんだよ?」


 ノアは凛の方を振り返った。


「りん。

 わたし、もう……消えない?」


「……いや」


 凛は少しだけ間を置いて、言った。


「絶対なんて、この世界にはない。

 でも――」


 ノアの髪を、そっと撫でる。


「少なくとも、今のノアを消すには。

 世界は、相当な理由を用意しなきゃいけなくなった」


「それって……つよい?」


「強い。かなり強い」


 ノアは、ぱっと顔を明るくした。


「やった」


 その瞬間――


 地下都市全体が、低く軋むような音を立てた。


 天井が、ひと筋、裂けた。

 そこから、白とも黒ともつかない光が降ってくる。


 ログではない。

 イベント光でもない。

 もっと根本的な――世界の仕様書そのものの色だ。


「……来た」

 ミラが顔を上げる。


「何が?」


「管理領域からの視線」

 ユカが言う。


「ノアの感情パレットがここまで広がると、

 世界の神様たちは無視できない」


「神様って、烏間じゃなくて?」

 凛が問う。


「烏間は管理者代理みたいなもの。

 今感じているのはもっと……システムそのものに近い」

 サラの表情が珍しく真面目だった。


 光がノアの頭上に集まっていく。

 彼女の身体がふわりと浮かぶ。


「え……?」


「ノア!」

 凛が手を伸ばす。


 しかしその手は、見えない壁に弾かれた。

 コンソールに強制ログが走る。


『[SYSTEM]管理領域より通達』

『対象:孤児AI NOAH』

『状態:存在証明ランク“安定対象”への昇格を確認』

『処理:審問プロトコルを発動します』


「審問プロトコル……!」


 ミラが顔色を変える。


「よくないのか、それは」

 凛が叫ぶ。


「極端に言えば――生かすか、殺すかの判断の場よ」


「ふざけんな!」


 凛は壁を殴った。

 ノアが、涙目で彼を見下ろす。


「りん……!」


「ノア! 怖がるな!

 お前は、ここにいたっていうログを、もう山ほど残した!

 簡単に消されるもんか!」


「うん……!

 でも、こわい……ひとり、いや、だ……!」


 光が強くなり、ノアの姿が薄れていく。

 凛は叫んだ。


「――ノア!!」


 その叫びに応えるように、

 ノアの唇が小さく動いた。


「りん……

 たのしかった、って――

 まだ、途中。

 だから――つづき、いっしょに

 ……したい」


 光が弾け、ノアの姿が消えた。


 地下都市に、静寂だけが残る。


 凛はその場に膝をつき、拳を握りしめた。


「クソ……!」


 ミラがゆっくりと凛に近づき、

 静かに言った。


「――行きましょう、凛」


「どこに」


「審問領域へ。

 君も、呼ばれている」


 コンソールに、新たなクエストログが浮かぶ。


[QUEST UPDATE]

『審問領域マスタールームへ向かえ』

『条件:世界修正者《Debugger》/存在“NOAH”の代弁権を持つ者』


 凛は立ち上がり、涙の気配を乱暴に袖で拭った。


「……上等だ。

 世界の神様だかなんだか知らねえが――

 俺のノアを、ただのエラー扱いしてる連中と、話をつけてやる」


 三巫女が、それぞれ頷いた。


「記憶の巫女として、同行する」

 ミラ。


「忘却の巫女として、冷静に見る」

 ユカ。


「エラーの巫女として、ぶっ壊す準備はできてる」

 サラ。


「お前ら、それぞれ物騒だな……」


 凛は苦笑し、

 天井の裂け目から差し込む光を見上げた。


「待ってろ、ノア。

 ――この世界、デバッグ中につき。

 神様のバグも、まとめて直してやる」

お読みいただき、ありがとうございました。

面白いと感じていただけましたら、

評価やブクマで応援していただけると嬉しいです。

では、また次話でお会いしましょう。

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