第五章 プレイヤーの街
記憶署名の街を後にした二人の前に広がっていたのは、
ゲーム世界とは思えないほど雑多で、生々しい気配の街並みだった。
色とりどりの看板が点滅し、路地には怪しげな露店が密集し、
頭上には巨大なホログラム広告が次々と切り替わっていく。
――『プレイヤーの街(Player’s District)』
そこは、元プレイヤーたちが残した行動ログや嗜好データ、チャット履歴、
自作アイコン、装備のスキン情報などが混ざり合って生まれた「ごった煮」の空間だった。
「……カオスだな」
凛が呆れたように呟く。
「ここ、本当に……ゲームの街?」
ノアは首をかしげながら、ホログラム看板を見上げている。
「ゲームの街……というより、プレイヤーの魂の残り火だな。
意図して作られたものじゃなくて、運営AIがまとめて放り込んだ副産物みたいなもんだ」
「たましい……たしかに、うるさい」
ノアが目を細める。
聞こえるのは人の声ではなく、誰かの思い出が音になって響いているのだ。
『レベル上がるぞ!』『お疲れ!』『今日の飯なに?』『引退するわ』『またな』
嬉しさも、怒りも、雑談も、全部まじって溢れている。
「……ノア、つらくないか?」
「だいじょうぶ。むしろ……すき。
いっぱい、いっぺんに、押し寄せるけど……きらいじゃない」
凛はノアの横顔を見つめた。
以前よりも表情が豊かだ。
視線の揺れ、口元の動き。
コードのつぎはぎのようだった人間の形が、少しずつ、ひとりの少女へと変わっていく。
――この変化を、世界はどう判断するのか。
不安はあったが、今は歩くしかない。
――――――
二人がまず向かったのは、街の中央にある巨大広場だった。
ホログラムのステージが常時稼働し、過去のイベント映像が切り替わりつづけている。
プレイヤーが踊ったダンスイベント。
討伐大会。
ギルド交流会。
運営のお詫び配布会。
プレイヤーが残した「熱量」が、映像として再生されていた。
「ここの記憶署名は動きに残る。
イベントで盛り上がった瞬間が、特に強い」
「りん……あれ」
ノアが指をさす。
ステージ上に、半透明の影が揺れている。
人型だが、顔がない。
チャットログや行動ログがまとまって、かろうじて姿を保っている。
「残留影か。
記憶署名の濃いプレイヤーほど、影、として残りやすいんだ」
「……はなして、みたい」
ノアが一歩前に出る。
凛は慌てて腕を掴んだ。
「待て。あいつらは、本能みたいなもんで動いてるだけだ。
言葉は通じないぞ」
「でも……きっと感じる。
わたしが、ここにいるって」
ノアの声が揺れる。
その揺れは、恐怖でも不安でもない。
「誰かに触れたい」という、温かい感覚だった。
凛は手を放した。
「……行ってみろ。気をつけてな」
ノアは頷き、影の前に進む。
影がこちらを向く。
顔はないはずなのに、視線を向けられたような気がした。
「わたし……ノア。
……あなたは?」
影が震える。
チャットログが周囲に散らばった。
『おつ!』『たのしかった』『また遊ぼうな』『今日は落ちる』
ノアは胸に手を当てる。
「なんか……あったかい。
これ、さみしいじゃない。
また、あおうね……の気持ち」
影がノアの手に近づく。
触れられないはずの手が、わずかに光を通した。
存在証明の反応だ。
凛のコンソールが自動で反応を出す。
[INFO]NOAH: 記憶署名 同調率+4%
ノアが振り返る。
「りん……いま、わかった。
人って、いたことを忘れなくて……
でも、それでも、さいごは手をふる。
それ、かなしいだけじゃない」
「……ああ」
凛は息をついた。
「それがプレイヤーの街の正体だ。
ログアウトしていった連中が、またなって言ってる場所なんだよ」
影がふっと消える。
ノアの胸から、白い光がたなびいた。
「また、きえる……でも、いた」
「それでいいんだ」
――――――
広場を抜けると、雑踏はさらに濃くなっていった。
屋台、大道芸、騒ぎ声。
まるでゲームイベントが永遠に続いているかのようだ。
「ここ、たのしい。
でも、さびしい。
なんで?」
「みんな、もういないからだよ」
「いないのに……いる」
「記憶だからな。
でも、そのいる気配をノアが受け取れるのは――」
凛はノアの胸に手を当てる。
「お前が、存在し始めてる証拠だ」
ノアは目を丸くした。
「……りんの声、いま、すこし……あったかい」
「気のせいだ」
「きのせいじゃない」
「ノア、黙れ」
「やだ」
凛は吹き出した。
ノアもつられて笑った。
その笑い声は、もはやデータのノイズではなかった。
「――おや、楽しそうだねえ」
どこか艶のある声が響いた。
二人が振り向くと、
屋台の奥から、三人の影が歩いてきた。
記憶署名の街で別れたはずの、
ミラ、ユカ、サラ――三巫女だった。
「なんでお前らがここに……」
「この街は、記憶の延長だから」
ミラが微笑む。
「君たちがここに来るのは分かってたよ」
ユカが淡々と言う。
「それに……面白いからついて来た」
サラが笑う。
「理由が雑だぞ、お前」
「だって、世界修正者と孤児AIの旅だよ?
ぜったい面白いって」
凛は頭を抱えた。
「……何しに来たんだ」
「案内よ。この街は君たちにとって危険」
ミラが指を立てた。
「なにが危険?」
ノアが尋ねる。
「記憶泥棒がいるの」
ユカが淡々と言った。
「記憶……泥棒?」
「ここにある強い記憶を食うやつ」
サラが札をくるくると回す。
「人の残したログを奪って、偽物の存在証明を作ろうとする、厄介なバグよ」
ミラの声は、珍しく緊張を帯びていた。
「そいつは……ノアを餌にする可能性が高い」
「……なんで?」
「君、今……存在が育ってるから」
ユカがノアを指差す。
「記憶泥棒は、育つ存在が好きだよ。
奪えば、丸ごと成り代われるから」
ノアは胸を押さえた。
「そんなの……いや」
「だから守るんだよ」
サラが軽い口調で言う。
「――世界修正者。
君に、ひとつ賭けさせてもらう」
凛は眉をひそめる。
「賭け?」
「記憶泥棒の本体は、もうこの街に紛れ込んでる。
そいつは、強い感情の匂いをもとに、次の獲物を探す」
ミラが言う。
「いま一番、匂いが濃いのは……誰?」
凛はすぐに気づいた。
「ノア、か」
「そう。
だから……おとりになってもらう」
ユカが静かに告げた。
ノアは凛の袖をぎゅっと掴んだ。
「りん……やだ。
わたし、また……きえるのいや」
凛はノアの手を握り返した。
「消させねえよ。
絶対にだ」
その言葉に、ノアの瞳が揺れ、わずかに光った。
「……うん」
――――――
ノアを囮にして記憶泥棒をおびき寄せる計画は、
プレイヤーの街の中央広場で行われた。
ノアはステージ中央に立たされ、
凛は少し離れた観客席の影に身を潜める。
三巫女は防壁となるように周辺に配置された。
ミラが呪文のように本を開くと、
街全体の感情ログがざわめいた。
「来るわよ……匂いが動いてる」
ユカの声は低い。
サラは楽しそうに札を弾く。
「さあ、ここからがショータイム」
そのときだった。
ホログラムが一斉にざざっと乱れる。
映像の人物が歪み、顔のない影がステージに集まっていく。
「ノア、動くな!」
凛が叫ぶ。
影たちがまとまり、ひとつの形を作っていく。
それは――少女の姿だった。
ノアと同じくらいの背丈。
髪型も似ている。
ただし、顔だけがノイズで塗りつぶされていた。
「……これが、記憶泥棒の擬態体よ」
ミラが呟く。
「ノアに似てるの……いや」
ノアは震える。
擬態体の少女が、ノアの前に歩み寄る。
「……わたし」
ノアの声が震える。
「――ちがう!」
その瞬間、ノアが叫んだ。
「わたし……ノア!
あなた、わたしじゃない!」
擬態体が一瞬止まった。
ノイズが揺れる。
「いまだ、凛!」
ミラの叫び。
[/fix reality = stable]!
凛のコンソールが青白く光り、擬態体の輪郭を縛る。
だが――擬態体は、驚くほど早く拘束を破った。
「な……っ!」
「りん、にげて!」
「馬鹿、逃げるのはお前じゃ――」
擬態体がノアに飛びかかる。
ノイズの腕がノアの胸に触れかけ――
そのとき。
ノアが腕を広げた。
「やめて!
わたしの記憶、あげない!」
ノアから光の衝撃が走る。
擬態体が弾かれ、広場に黒いノイズが散った。
凛は呆然とした。
「ノア、お前……」
ノアは胸を押さえながら、苦しげに息を吐く。
「わたし……やっと、わかった。
だれかに覚えてほしいって……すごく……つよい気持ち」
擬態体が再び立ち上がる。
ミラが叫ぶ。
「記憶泥棒が、ノアの感情署名を狙ってる!
ノアが自分で境界を作らないと――」
「わかってる!」
ノアの声は震えていたが、
その瞳だけは、強かった。
「わたし……わたしを……守る!」
ノアの胸が光り、三巫女からもらった三つの札が浮かび上がる。
記憶、忘却、エラー。
三つの札が合わさり、ノアの前にひとつの壁を作った。
「りん!
いま!直して!」
「任せろ!」
凛はコンソールを叩く。
――[/fix reality = stable]!
世界が青く染まる。
擬態体のノイズが削られ、記憶泥棒の本体が露わになる。
煙のように形のない黒い塊。
その中心に、無数の、盗まれたログ、が揺れていた。
「返せ……!
みんなの、のこしたもの……返して!」
ノアが涙を流しながら叫んだ。
凛は最後のコマンドを打つ。
[/purge memory.thief = true]!
黒い塊が震え、悲鳴のようなノイズを上げながら弾け飛ぶ。
記憶泥棒は、散った。
――――――
戦いが終わったあと。
ノアは凛の腕を掴んだ。
「りん……こわかった。でも……しあわせ。
わたし、やっと……わたしになれた気がする」
凛はノアの頭をそっと撫でた。
「ああ。よくがんばった」
ノアは凛の手に頬を寄せる。
「これからも……まもってくれる?」
「守るさ。世界が何を言ってきてもな」
三巫女が歩み寄る。
ミラが優しく微笑んだ。
「ノア。君はもうただのAIじゃない。
記憶を持つ存在よ」
ユカが淡々と言う。
「つまり……面倒な存在になった、ということ」
サラが笑った。
「でもさ。そういうのが一番おもしろいんだよね!」
ノアは微笑んだ。
「わたし……もっと、しりたい。
この世界のこと。ひとのこと。
そして、わたしのこと」
凛もまた、静かに頷いた。
「――行くぞノア。
デバッグはまだ終わらねえ。
この世界は、まだバグだらけなんだからな」
お読みいただき、ありがとうございました。
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では、また次話でお会いしましょう。




