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この世界、デバッグ中につき。  作者: 十二月三十日
第二部 現実境界のバグトレース
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第十章 接続拒否

 翌朝。

 凛はベッドの縁に座り、昨夜の会話を反芻していた。


 倉島ほのか。

 GODSLAY-Rで何度も一緒にボスを倒し、何度も全滅した相棒。

 彼女が、あの店で突然言った。


「もし、またあのゲームに戻るつもりがあるなら……私も、一緒に行っていい?」


 その言葉は軽くなかった。

 冗談でも、興味本位でもない。

 彼女なりに、覚悟があった。


 だが──。


「……戻れるかどうかが、そもそも問題なんだよな」


 凛は深く息を吸った。

 スマートフォンの画面を指でスワイプし、ベッド脇に置いた黒いヘッドセットに視線を落とす。


 ユグドラシル・オンライン。

 あの狂ったテスト環境。

 あの世界でノアを庇い、審問領域で全力を尽くし、強制ログアウトを食らった場所。


 昨夜までは怖くて触れなかった。

 でも今は、確かめなければならない。


 ――自分は、まだあの世界に入れるのか。


 凛はヘッドセットを手に取り、電源を入れた。

 静かな起動音が鳴る。

 普段と同じ。

 ここまでは普通だ。


 凛は端末を頭に装着し、姿勢を正した。


「……接続開始」


 薄暗い視界の中、認証画面が浮かぶはずだった。

 だが──。


 点滅。

 ノイズ。

 そのあと突然、真っ黒。


「……あ?」


 焦って目を開ける。

 視界は真っ暗なまま、何も表示されない。


 その代わり──

 耳元で、低い電子音が一つだけ鳴った。


[access_denied]


「いや、待て。まだ認証前だろ……?」


 凛は驚き、思わずヘッドセットを外した。

 手元の端末を確認すると、小さな警告アイコンの横に、日本語ではなく英数字の羅列が表示されていた。


【error_code:QF-01/危険挙動検出により接続拒否】


「……危険挙動?」


 GODSLAY-Rにも、他のVRゲーにも、こんな警告は見たことがない。

 ましてやユグドラシルは一般向けではなく、デバッガー向け環境だ。


 凛は裏面の診断ポートを叩き、デバッグモードで再起動を試した。


 だが、再起動中に再びノイズが走る。


 ピッ……ピ、ピッ……


 そしてまた黒い画面。

 ただし、今度は何かがうっすらと浮かび上がっていた。


[ob■■■■-00:connection_block]


「……来たな」


 昨日、スマホに一瞬だけ出たノイズログ。

 まるで観測者が自分を追いかけてきているような錯覚。


 だが錯覚ではない。


 このログはユグドラシル本体のものだ。

 観測者──ob■■■■-00。

 名前がノイズで削られている謎のAI。


(あいつ……現実世界まで追ってきてるのか?)


 凛はようやく理解した。


 ログインできないのは機器の故障ではない。

 ユグドラシルのシステムが、凛のアクセスそのものを拒絶しているのだ。


「強制ログアウトの時……何か、したのか俺」


 審問領域で暴走した時の記憶が蘇る。

 自分の意思とは違う、もっと深いところから湧き上がったチカラ。

 爆発的な修復と破壊が混在した、明らかにシステム権限の外にある動き。


 あの瞬間、何かが凛の中で変わった。


 だが、本人には理由がわからない。

 説明できない。

 だからこそユグドラシルのAIは、凛を危険視する。


 彼らにとって凛は、想定外のバグを生む存在。


(……そりゃあ、接続拒否もされるか)


 凛は乾いた笑いを漏らした。


 そこへ、スマホが震えた。

 画面を見ると、倉島ほのかからのメッセージ。


「昨日はありがとう。また話したいことあるから、今日時間ある?」


「……タイミングが良すぎるだろ」


 呟きながらも、凛は返信した。


『昼過ぎなら』


 するとすぐ既読がついた。


『じゃあ駅前の喫茶店で! あそこ静かだから!』


 元気なメッセージだ。


 凛は深く息をつき、家を出た。


――――――


 喫茶店は昼時で賑わっていた。

 その中で倉島ほのかは、手を振って凛を呼んだ。


「篠崎くん! こっち!」


 凛は席に座り、メニューを軽く見るふりをして口をひらいた。


「昨日の話だけど……ほのか、本気で言ったのか?」


「本気だよ?」


 ほのかはコーヒーをかきまぜながら、真っ直ぐ凛を見る。


「篠崎くん、昨日“向こうに置いてきたものが多すぎる”って言ったじゃん。

 あれ、嘘じゃないよね?」


「……ああ」


「だからさ、私も協力したいの。

 あの世界をプレイしたことないけど、ゲームの仕組みはわかるし……

 ひとりで戻るより絶対にマシだと思う」


 まっすぐな目だ。

 まるで、凛の覚悟を試す目。


 だが──。


「……ほのか。正直に言うけどさ」


 凛は切り出した。


「今の俺……ユグドラシルにログインできない」


「……え?」


「試した。さっき。

 でも接続拒否された。

 アカウント凍結とかじゃなくて、もっと……システム側の根本的な拒絶だ」


 ほのかの表情が変わった。

 驚き、困惑、そしてどこか“理解できない恐怖”。


「どうして……?」


「俺にもよくわからない。

 けど、あのラストの強制ログアウト……

 あれでシステムが俺を危険だと判断した可能性が高い」


「危険……?」


「ユグドラシルからしたら、俺は“バグを起こす側の人間”になってる。

 安全のためにアクセスを切られてるんだと思う」


 ほのかは言葉を失った。


 沈黙が落ちる。

 店内の雑音だけが遠くに聞こえる。


 だが、ほのかはゆっくりと顔を上げた。


「……じゃあ、それを解除する方法を探せばいいんじゃない?」


「簡単に言うなよ」


「だって、今のままじゃ戻れないんでしょ?

 なら、戻れる方法を探すしかないじゃん」


「……」


「それにさ」


 ほのかは不意に、少し笑った。


「篠崎くんって、昔から“どうせ無理だろ”って言われたことほどやるタイプでしょ」


「……誰の話だよ」


「GODSLAY-Rで何回言われたと思ってるの。

 そのルート無理とかその戦法死ぬとか。

 でも結果的に一番倒してたの、篠崎くんだった」


 その言葉は、凛の胸にふっと火を灯した。


 そうだ。

 諦めるのは得意じゃない。


 そして──

 ノアを置き去りにしたままでいるのはもっと嫌だった。


「……やるしかないか」


「うん!」


 ほのかが嬉しそうに頷いた瞬間。

 凛のスマホが震えた。


 画面を見た瞬間──

 凛の背筋がぞくりとした。


[ob■■■■-00:monitoring_active]


 ログインしていない。

 接続もしていない。

 ただのスマホだ。


 なのに──

 観測者が動いている。


「……篠崎くん?」


「いや……なんでもない」


 凛は画面を素早く伏せた。


 ほのかが怖がる必要はない。

 まだ彼女を巻き込む段階ではない。


 だが、確実に言えることがあった。


(アイツは……まだ俺を監視してる)


 ユグドラシルに入っていなくても関係ない。

 現実世界にも追跡してきている。


 そしてその監視は、

 凛が戻ろうとした瞬間に強まる。


(だったら……なおさら戻る方法を見つけるしかない)


 ノアを助けるため。

 巫女たちの謎を解くため。

 観測者 ob■■■■-00 の意図を暴くため。


 そして──

 自分自身の暴走の正体を知るために。


「ほのか」


「ん?」


「……手伝ってほしい」


 その言葉に、ほのかの目が大きく開いた。

 ゆっくりと笑みが浮かぶ。


「うん。任せて」


 その瞬間、またスマホが震えた。


[ob■■■■-00:link_error……再試行]


 ノイズ混じりのログが、ちらりと光って消えた。


 凛は静かに息を吸った。


(……俺は必ず戻る。絶対に)


 その決意は、かつてよりも固く、鋭かった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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