第十章 接続拒否
翌朝。
凛はベッドの縁に座り、昨夜の会話を反芻していた。
倉島ほのか。
GODSLAY-Rで何度も一緒にボスを倒し、何度も全滅した相棒。
彼女が、あの店で突然言った。
「もし、またあのゲームに戻るつもりがあるなら……私も、一緒に行っていい?」
その言葉は軽くなかった。
冗談でも、興味本位でもない。
彼女なりに、覚悟があった。
だが──。
「……戻れるかどうかが、そもそも問題なんだよな」
凛は深く息を吸った。
スマートフォンの画面を指でスワイプし、ベッド脇に置いた黒いヘッドセットに視線を落とす。
ユグドラシル・オンライン。
あの狂ったテスト環境。
あの世界でノアを庇い、審問領域で全力を尽くし、強制ログアウトを食らった場所。
昨夜までは怖くて触れなかった。
でも今は、確かめなければならない。
――自分は、まだあの世界に入れるのか。
凛はヘッドセットを手に取り、電源を入れた。
静かな起動音が鳴る。
普段と同じ。
ここまでは普通だ。
凛は端末を頭に装着し、姿勢を正した。
「……接続開始」
薄暗い視界の中、認証画面が浮かぶはずだった。
だが──。
点滅。
ノイズ。
そのあと突然、真っ黒。
「……あ?」
焦って目を開ける。
視界は真っ暗なまま、何も表示されない。
その代わり──
耳元で、低い電子音が一つだけ鳴った。
[access_denied]
「いや、待て。まだ認証前だろ……?」
凛は驚き、思わずヘッドセットを外した。
手元の端末を確認すると、小さな警告アイコンの横に、日本語ではなく英数字の羅列が表示されていた。
【error_code:QF-01/危険挙動検出により接続拒否】
「……危険挙動?」
GODSLAY-Rにも、他のVRゲーにも、こんな警告は見たことがない。
ましてやユグドラシルは一般向けではなく、デバッガー向け環境だ。
凛は裏面の診断ポートを叩き、デバッグモードで再起動を試した。
だが、再起動中に再びノイズが走る。
ピッ……ピ、ピッ……
そしてまた黒い画面。
ただし、今度は何かがうっすらと浮かび上がっていた。
[ob■■■■-00:connection_block]
「……来たな」
昨日、スマホに一瞬だけ出たノイズログ。
まるで観測者が自分を追いかけてきているような錯覚。
だが錯覚ではない。
このログはユグドラシル本体のものだ。
観測者──ob■■■■-00。
名前がノイズで削られている謎のAI。
(あいつ……現実世界まで追ってきてるのか?)
凛はようやく理解した。
ログインできないのは機器の故障ではない。
ユグドラシルのシステムが、凛のアクセスそのものを拒絶しているのだ。
「強制ログアウトの時……何か、したのか俺」
審問領域で暴走した時の記憶が蘇る。
自分の意思とは違う、もっと深いところから湧き上がったチカラ。
爆発的な修復と破壊が混在した、明らかにシステム権限の外にある動き。
あの瞬間、何かが凛の中で変わった。
だが、本人には理由がわからない。
説明できない。
だからこそユグドラシルのAIは、凛を危険視する。
彼らにとって凛は、想定外のバグを生む存在。
(……そりゃあ、接続拒否もされるか)
凛は乾いた笑いを漏らした。
そこへ、スマホが震えた。
画面を見ると、倉島ほのかからのメッセージ。
「昨日はありがとう。また話したいことあるから、今日時間ある?」
「……タイミングが良すぎるだろ」
呟きながらも、凛は返信した。
『昼過ぎなら』
するとすぐ既読がついた。
『じゃあ駅前の喫茶店で! あそこ静かだから!』
元気なメッセージだ。
凛は深く息をつき、家を出た。
――――――
喫茶店は昼時で賑わっていた。
その中で倉島ほのかは、手を振って凛を呼んだ。
「篠崎くん! こっち!」
凛は席に座り、メニューを軽く見るふりをして口をひらいた。
「昨日の話だけど……ほのか、本気で言ったのか?」
「本気だよ?」
ほのかはコーヒーをかきまぜながら、真っ直ぐ凛を見る。
「篠崎くん、昨日“向こうに置いてきたものが多すぎる”って言ったじゃん。
あれ、嘘じゃないよね?」
「……ああ」
「だからさ、私も協力したいの。
あの世界をプレイしたことないけど、ゲームの仕組みはわかるし……
ひとりで戻るより絶対にマシだと思う」
まっすぐな目だ。
まるで、凛の覚悟を試す目。
だが──。
「……ほのか。正直に言うけどさ」
凛は切り出した。
「今の俺……ユグドラシルにログインできない」
「……え?」
「試した。さっき。
でも接続拒否された。
アカウント凍結とかじゃなくて、もっと……システム側の根本的な拒絶だ」
ほのかの表情が変わった。
驚き、困惑、そしてどこか“理解できない恐怖”。
「どうして……?」
「俺にもよくわからない。
けど、あのラストの強制ログアウト……
あれでシステムが俺を危険だと判断した可能性が高い」
「危険……?」
「ユグドラシルからしたら、俺は“バグを起こす側の人間”になってる。
安全のためにアクセスを切られてるんだと思う」
ほのかは言葉を失った。
沈黙が落ちる。
店内の雑音だけが遠くに聞こえる。
だが、ほのかはゆっくりと顔を上げた。
「……じゃあ、それを解除する方法を探せばいいんじゃない?」
「簡単に言うなよ」
「だって、今のままじゃ戻れないんでしょ?
なら、戻れる方法を探すしかないじゃん」
「……」
「それにさ」
ほのかは不意に、少し笑った。
「篠崎くんって、昔から“どうせ無理だろ”って言われたことほどやるタイプでしょ」
「……誰の話だよ」
「GODSLAY-Rで何回言われたと思ってるの。
そのルート無理とかその戦法死ぬとか。
でも結果的に一番倒してたの、篠崎くんだった」
その言葉は、凛の胸にふっと火を灯した。
そうだ。
諦めるのは得意じゃない。
そして──
ノアを置き去りにしたままでいるのはもっと嫌だった。
「……やるしかないか」
「うん!」
ほのかが嬉しそうに頷いた瞬間。
凛のスマホが震えた。
画面を見た瞬間──
凛の背筋がぞくりとした。
[ob■■■■-00:monitoring_active]
ログインしていない。
接続もしていない。
ただのスマホだ。
なのに──
観測者が動いている。
「……篠崎くん?」
「いや……なんでもない」
凛は画面を素早く伏せた。
ほのかが怖がる必要はない。
まだ彼女を巻き込む段階ではない。
だが、確実に言えることがあった。
(アイツは……まだ俺を監視してる)
ユグドラシルに入っていなくても関係ない。
現実世界にも追跡してきている。
そしてその監視は、
凛が戻ろうとした瞬間に強まる。
(だったら……なおさら戻る方法を見つけるしかない)
ノアを助けるため。
巫女たちの謎を解くため。
観測者 ob■■■■-00 の意図を暴くため。
そして──
自分自身の暴走の正体を知るために。
「ほのか」
「ん?」
「……手伝ってほしい」
その言葉に、ほのかの目が大きく開いた。
ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「うん。任せて」
その瞬間、またスマホが震えた。
[ob■■■■-00:link_error……再試行]
ノイズ混じりのログが、ちらりと光って消えた。
凛は静かに息を吸った。
(……俺は必ず戻る。絶対に)
その決意は、かつてよりも固く、鋭かった。
お読みいただき、ありがとうございました。
面白いと感じていただけましたら、
評価やブクマで応援していただけると嬉しいです。




