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この世界、デバッグ中につき。  作者: 十二月三十日
第一部 審問領域編 ―世界はバグを許さない―
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第一章 起動しないログアウトボタン

最初の一歩、軽い気持ちでどうぞ。

視界の隅で、無限に回転するローディングアイコン。

 その下に浮かぶ赤文字。


《システムエラー:ログアウト信号を検出できません》


 篠崎凛は、ヘッドセットの内部で眉をひそめた。

 デバッグ用の仮想環境《ユグドラシアβ》――本来なら、運営が隠している未完成のテストサーバー。

 仕事で何百回も入ったこの空間に、今日もいつも通り入ったはずだった。


 だが、今回は違った。

 ログアウトのボタンが――消えている。


「……おい、冗談だろ」


 呟きは虚空に吸い込まれる。

 デバッカー専用の灰色の大地、テクスチャの貼られていない世界。

 遠くに見える塔も、半分だけ描画されて止まっている。

 まるで、神が作りかけで投げ出した創世の途中経過のようだった。


 凛は手を上げ、コマンドを呼び出す。

 指先の動きに応じて、視界の端に黒いウィンドウが現れた。


[/fix logout_button true]


 空間が一瞬ノイズを走らせ、すぐに戻る。

 代わりに別のエラーメッセージが浮かび上がる。


《権限が不足しています。管理者コードを要求します》


「管理者って、俺だろうが……!」


 苛立ちの声とともに、凛は視線を動かした。

 そこに、ありえないものが立っていた。


 白髪の少女。

 いや、正確には、テクスチャが欠けている。

 右半分はポリゴンのまま、左半分だけが人間の形をしている。

 片方の目が輝き、もう片方は空洞。


「……あなた、デバッカー?」


 その声は、合成音声のように不安定で、それでもどこか“哀しみ”を帯びていた。


「ええ、そうだ。 君は……NPCか? いや、違うな。コードが……崩れてる?」


「私、削除されるはずだったの。でも……残っちゃった」


 少女は、壊れた笑顔で言った。

 その瞬間、凛の視界のコンソールが勝手に開く。

 エラー行の羅列の中に、ひとつだけ読める名前がある。


[Entity_Name = NOAH]


 ノア。

 その名を口にした瞬間、彼の脳裏に警告音が響いた。


《注意:未承認AIとの接触を検知。システム整合性が低下しています。》


「……バグが、喋ってる?」


「あなたも、バグだよ。だって、“ログアウトできない”んでしょう?」


 ノアが笑うと、周囲の景色が一瞬だけ壊れ、

 空が黒いコードの雨に変わった。


 凛は拳を握り、静かに息を吐く。

 目の前のコンソールが、血管のように赤く脈打つ。


「だったら──修正してやるよ、世界ごと。」


[/fix reality = stable]


 世界が、わずかに軋んだ。

お読みいただき、ありがとうございました。

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