Act.8 パッサッジョ・セリオーソ
数日後、怪盗を引退する決意を固めたマリアは、いつもより重い足取りでラウルのもとを訪ねた。
「ラウル、久しぶりね。私は、いつからか歌うことを楽しめなくなってた。怪盗としての仕事の一部でしかなくなって、心を込めて歌うことが出来なくなってた。皆は歌姫と呼んでくれるけど、それでも自分の歌には不満を感じてた。だから……歌に専念するため、怪盗を引退することに決めたわ。……今までありがとう。」
その言葉を聞いたラウルはマリアの顔を見つめ、「……汝の未来に幸多からんことを。」と告げると、いつものように俯いた。
頭を下げてその場を去ったマリアは、今後二度とここに来ることがないであろうという思い、そして怪盗リアムとしての人生の終わりを感じて涙が込み上げてきた。
「……おかしいわね。自分で決めたことなのにどうして涙が出るのかしら……未練なんてないのに……。」
沈んだ気分のまま帰宅したマリアは、ベッドに横たわるとすぐさま眠りについた。
その夜、マリアは鮮やかな夢を見た。夢の中の彼女は再び怪盗リアムとして夜の街を駆け抜け、宝石を盗む瞬間のスリルと高揚感を感じていた。しかし、その傍らにはカイルの姿があり、彼の温かい笑顔と支えが彼女を見守っていた。
目を覚ましたマリアは、夢の余韻に浸りながらも、新たな人生の一歩を踏み出す決意を新たにした。これからは歌姫としての道を歩み、心からの声を届けることで、人々に喜びと感動を与えていくのだと。
マリアは深呼吸し、窓から差し込む朝の光を浴びながら、明るい未来を見据えた。彼女の中には、怪盗リアムとしての過去と真の歌姫としての未来が共存し、その二つが彼女をより強く、美しい存在へと導いていくのであった。