9話 お肉泥棒は許しませんよ!
「マッチョダイと野菜のシチュー、大好評ですね、大佐!」
「ああ。これで村人たちも、良い筋肉がつくだろう」
軍の炊き出しは大盛況で、村の広場は沢山の人たちで賑わっていた。料理を配り終えた私とカイル大佐は休憩をしていたのだが、少しすると大佐が立ち上がる。
「あれ、大佐、どちらへ行かれるんですか?」
「そろそろデザートの準備をしようと思ってな」
「わあ、良いですね! 果物とかですか?」
「いや、筋肉ステーキだ!!」
「デザートですよね??」
「筋肉こそが、最高のデザートだからな!」
大佐は高らかにそう宣言して食材を取りに行こうとしたのだが、その腕を村の子供たちが掴む。
「わーっ、すっげー!筋肉ムキムキだ!」
「筋肉大佐、持ち上げて持ち上げて!」
「俺たちに筋トレ教えてー!!」
「私には、マッスルポーズ教えてー!」
無邪気な様子の少年少女たちが、きゃっきゃと大佐を取り囲んでいる。
「うむ! 君たち、いい筋肉だな!
遊んでやりたいのは山々だが、まだ私には料理の準備が――」
大佐は満更でもない様子だったが、そこは任務第一の真面目な男、デザートの準備が気になっている様子だった。
私はくすくすと笑いながら、彼らに声をかける。
「ふふふ、良いですよ! 大佐、彼らと遊んであげていてください。
準備なら私が進めておきますから。倉庫にお肉を取りに行けば良いんですよね?」
「わーいっ!」
「お姉ちゃん、ありがとー!!」
「お姉ちゃんも、後で遊んでね! お花の冠作ろう!」
「私は、マッスルポーズ教えてあげるね!!」
「良いのか? コハル、すまない、助かる。
使う予定の肉には筋肉マークの目印があるので、すぐにわかるはずだ」
「はーい!」
大佐と子供たちに笑顔で手を振って、私は歩き出す。今日は炊き出しの材料を置くために、村の倉庫を借りていたのだ。目的のお肉もそこにあるはず。
倉庫は広場の裏側だが、距離としては殆ど離れていない。私はすぐに辿り着いたのだが、入口に怪しい人影を見つけて固まった。その人物は黒いローブを着てフードで顔を隠し、何やら大きな荷物を抱えている。
「ひゃっ……!? え、だ、誰ですか……?」
今日はこの倉庫は軍が借りているので、村の人たちは近づかないようにお願いしていたのだ。だからこそ、余計にこの不審者に警戒してしまう。
「ふっふっふ」
私の問いかけに、彼は口許に不敵な笑みを浮かべた。そして次の瞬間、ババっと黒いローブを脱ぎ去ったのだ。
「お久しぶりです! 筋肉聖女さま!!」
「えっ、ええ、あなた!! 聖バーベル教会の、司祭さんですか!?」
黒いローブの下から、袖なしの白いローブと筋肉質の腕が出てきた。それは忘れる筈もない、聖バーベル教会の人たちが身に付けていた衣裳であり、目の前の彼は号令をとっていた司祭さんだった。
「いやいやいや、私は筋肉聖女ではないですからね!
というか、ここで何をしているんですか!」
「とても良い筋肉の元となる香りがしましたのでね……。少しお邪魔していたのです」
「筋肉の香りって……、あっ!!」
私はようやく、彼の抱えていた大荷物に”筋肉マーク”が描かれていることに気が付いた。間違いない、あれは、大佐が炊き出し用に準備していたお肉だ!
「駄目ですよ! それはこれから使うお肉なんですから!
というか、勝手に持っていくのは普通に泥棒じゃないですか!」
「ふっふっふ、神は言っています。筋肉は、この世界に平等に与えられるべきだと……」
「筋肉でも法律は守ってくださいよ!」
「この肉を美味しく頂くことこそ、まさに神の御意思!!」
「駄目だ、やっぱりこの人、話が全く通じない!」
相変わらず、悪意は全くなさそうなんだけど、やっていることはただの泥棒だしこのお肉を渡すわけにはいかない! 私は意を決すると、司祭さんの前へと立ちはだかった。
「とにかく、お肉は返してもらいます!」
「聖女様と戦うことになるとは……。これも筋肉の試練! いきますよ!!」
司祭さんはかなりのスピードで私の方へと走って距離を詰めてきた。彼はどう考えても、近接筋肉戦闘タイプ!近づかれると勝ち目はない。
「ファイヤーボール!!」
私は牽制するように、ぽんっ、と小さな火球を生み出して彼の方へ飛ばす。
「ふんっ!」
「嘘ぉ!? って、きゃああ!?」
司祭さんは筋肉質の腕を振りぬいた風で私のファイヤーボールを消火して、勢いを殺すことなく突っ込んできた。私は狼狽えながらも、何とかすれすれで彼の突進を交わして地面へ這いつくばる。
「ふっふっふ! 聖女様、おさらばでございます!!」
「ああっ、だめー! 逃げないでー!!」
彼は私が避けることまで予想済みだったらしく、そのまま肉の入った袋を背負って全力で逃走をはかった。私は慌てて身を起こすが、司祭さんの背中はどんどん遠ざかっていく。
このままじゃ駄目、みんな、デザートの筋肉ステーキを楽しみにしているのに!
(考えろ、考えろ、大佐を呼びに行くのは間に合わない……、あっ!!)
「ファイヤーボール!!!」
私はいちかばちか、全力を込めた火球を逃げていく司祭さんの方へ向けて放った。
「無駄ですよ、聖女様! この位置からなら避けるのも簡単――」
「と、ウイングショット!!!」
追撃の風魔法で、私は火の玉の軌道をそらす。司祭さんは一瞬焦ったようだったが、攻撃が自分に当たる素振りが無いことを確認するとふふんと笑った。
「当たりませんよ! どこを狙っているのですか!」
「その、お肉よ!!」
「――!?」
次の瞬間、風によってぐるりと旋回した火の玉が、司祭さんの背負っている袋に命中した。
「なっ、な、なっ、なんて……」
司祭さんは反射的に袋を地面へと落とす。袋はゴオゴオ、ジュウジュウと燃えて――。
「なんて食欲を誘う香りなんだ!! が、我慢できないっ!」
彼はその場に座り込むと、袋の口を開けて、ミディアムレアに焼かれたお肉をむしゃむしゃ食べ始めた。
「よ、良かった、なんとか足止めできた。
あとは、みんなのお肉を返して貰わないと……」
今度こそ、大佐を呼んで来るべきだろうか。私が考え込んでいると、背後から足音が聞こえた。
「大佐っ、来てくれたんですか!?」
私の戻りが遅いのを察して、カイル大佐が様子を見に来てくれたのだろう。そう思って振り返った私が見たのは、信じられない相手だった。
「おーーい、ゴリーノ。お前、いつまで散歩してんだよ、帰り遅いっての」
それは、最初の司祭さんと同じく黒いローブで全身を包んだ、小柄な姿。前に見た時より、何処かラフで気だるげな雰囲気はあったが、間違いない。フードから覗く仮面も、以前と全く同じだ。
「ビルド・マッソ!?」
「教祖様!!」
「うげっ、転生者!? というか、お前達何やってるの??」
そう、聖バーベル教会の教祖であり、私を転生者と呼ぶ謎の男。ビルド・マッソと再び遭遇してしまったのだ!