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8話 わくわく筋肉クッキング!

「さあ、調理を開始する!!」


「あの大量の買い出しは、村での炊き出しの為だったんですね、大佐!」


 朝の光が差し込む頃、私とカイル大佐は村の広場に立っていた。中央にはずらっと調理道具が並べられ、簡易的なキッチンが出来上がっている。今日は王国軍による炊き出しの日だ。


「大佐は料理できるんですか?」


「勿論だ。食は筋肉に通じるからな!」


「ううん、正論なだけに頷くしかない!」


 周囲には、遠巻きに見守る村人たちの姿があった。彼らは先日討伐した、スライム軍団に苦しめられていた人たちだ。今は村も平和になったはずだが、本格的な復興には活力が必要だろう。

 美味しい料理は元気の源。彼らにもぜひ元気になって貰いたいという訳で、今回の炊き出しが企画されたのだ!


「まずは料理の為の精神統一の儀を始める」


「早速、私の知らない工程が出てきましたね」


「食への感謝は、料理の基本だぞ、コハル」


「今日は微妙に正論で攻めてくる感じですね、大佐!」


 私の言葉を聞いているのかいないのか、大佐はすっと目を閉じて手を組み精神統一を始めた。私は真似をするべきか悩みつつも、彼の姿から目を離せないでいた。

 ――ああ、やっぱり何度見ても、顔が良い!! しみじみとそう思っていた、その時だった。


「はあっ!!!」


 大佐の低い気合のこもった声と共に、彼の上半身の服が弾け飛んだ。


「なんで!?!?」


 今日はちゃんと着ていたのに!! いや、もう、着ていたことが服が弾ける伏線でしかなかったの!?


「よし、精神統一はこれ位で良いな。では、早速調理を――」


「いやいやいやいや!! 着て! 着てください!! 

 色んな意味で、今回に限っては衛生的にも大問題ですから!!」


「安心しろ、コハル。流石の私も、このままの姿で料理をする気はない」


「あ、ああ、そうですよね、良かった。安心しました。流石の大佐でも――」


 ほっと胸を撫でおろす私の視界に入ったのは、おもむろにフリフリのエプロンを取り出す大佐の姿だった。そして彼は、上半身裸の上にそのままためらいもなくエプロンを――


「まったあああああ!!」


「なんだ、コハル? このエプロンに何か問題でも?」


 私の制止は間に合わず、目の前には半裸フリフリエプロン姿のカイル大佐がいる。ああ、どうしようこれ。本当にどうしようこれ。


「問題しかないですよ! 半裸エプロンですよ!? 半裸エプロン! 

 センシティブです!!!」


「……? 普段の上半身裸よりは、布一枚多いだろう。何を慌てているんだ、コハル」


「良いから! だめ! とにかく、その格好は駄目なやつです! オタク特効!

 脱いで!! いますぐ、脱いで!!

 ああ違う、脱がないで……!? 脱ぐの? 着るの?? 

 あああああっ…!?」


「お、落ち着け、コハル!」


 私のオタク的頭脳は完全にショートしてしまい、頭を抱えたまま混乱の叫び声をあげる。その普通ではない様子にさすがに気圧されたのか、大佐はそそくさとエプロンを脱いだ。


「これで……、良いのか……?」


 躊躇いがちに、大佐が私に問いかけてくる。私はようやく正気に戻って、こほんと小さく咳払いした。


「あ、はい、ありがとうございます……。ええと、こちら、替えの上着になります……」


 私は何かと衣服を消失しがちな大佐の為に、常に替えの上着を持ち歩くようになっていたのだ。今日も役に立ってよかった。

 そうして彼が上着を身に付け、その上からエプロンを付けることで、問題は無事解決した。


「さあ、改めて、調理スタートです!!」


「うむ、とにかくやろう!」


 はらはらと見守っていた村人たちから、安堵の歓声が上がる。ここからが本当のクッキングの始まりだ!

 

「こちら、町で調達した食材になります!

 新鮮なトマト、ニンジン、タマネギ、ピーマン……あれ、なんか買った時より膨らんでませんか?」


「ああ。マッスルパウダーをかけて一晩熟成させたからな!」


「よく分からないけれど、新鮮さが台無しになった気がします!

 ……この魚が逆三角形なのも、マッスルパウダーの効果ですか?」


「いや、このマッチョダイは元からこういう魚だ」


「そんな珍妙な魚、買ってましたっけね……!?

 買い出し量が多すぎて気づきませんでした!!」


「さて材料はそろったな。では、これらを……」


「ごくり」


 カイル大佐は真剣な顔つきで包丁を手に取った。そして、それをゆっくりとまな板に置いた。


「鍛えた拳で、こう! こう!! こうだ!!!」


 大佐は目にもとまらぬ拳さばきで、食材を細切れにしていく。素手なのに、何故か野菜がスパスパ切れていく。


「知ってましたけどね……! 一瞬、包丁持ったのは何だったんですか!?」


「精神統一だ」


「必要でしたか!?」


 ともあれ、お鍋の中には一口大にカットされた野菜が山盛りになった。ぐつぐつ煮込んでいる間に、マッチョダイを三枚おろしにした後、すり身にするらしい。


「はぁ!!」


 全部、カイル大佐が拳でやってくれました。魚を三枚おろし出来る筋肉って何だろう。すり身になるのは、まあ、何となくは分かります。……いや、やっぱり、わかんないな!?


「本来は、骨ごと砕いて食べるのが良いのだが……。

 今回は子供もいる村への炊き出しなので、慎重に骨取りをしておいた!」


「ああ、細かい所で真面目で素敵です!」


 私は鍋の火加減と味付けを任されたので、はりきって調味料を加えていく。こう見えて、意外と料理は出来る方なのだ。この世界特有の魔法ハーブなんかも駆使して、なかなか良い味に仕上がったと思う。


「どうですか、大佐っ」


「これは……美味い!! 君は料理上手だな、コハル!」


「えへへ」


 試食をした大佐の素直な誉め言葉に、私の表情が緩む。これなら村の人にも喜んでもらえるに違いない! そう思いながら鍋を振り返ると、まさにその中に何かが投入されていく真っ最中だった。


「ひえっ!? あ、えっ、スライムちゃんたち!?」


 犯人は、沢山の小さなぷよぷよ達だった。全員、布切れを体に当てているが、もしかしてエプロンのつもりだろうか。というか、いま、何を入れたの――!?


「お前たち、勝手なことをするんじゃない。これは村人たちへの料理だ」


 上手にお手伝い出来ましたと言わんばかりに跳ねるスライムたちを、大佐は厳しく注意する。


「それに、彼らはスライムを怖れている。

 私はお前たちが生まれ変わり改心したことを知っているが、彼らは違う。認めて貰うには、相応の努力が必要になるだろう」


 スライムたち、しょんぼりしちゃった。でも、大佐の言っていることはよく理解できる。


「ごめんね。手伝ってくれたんだよね。村の人たちに、お詫びしたかったのかな。

 頑張っていたら、いつか気持ちは届くと思うよ」


「今日は姿を隠していろ。いずれお前たちの力を借りる時が来るだろう。

 それまで、心と筋肉の鍛錬を怠るな」


 大佐の言葉を聞いたスライムたちは、ぷよっと飛び跳ねると、決意新たな様子で森へと姿を消していった。私はその姿を、応援しつつ見守る。

 自分が以前に助けて貰ったのでひいき目もあるとは思うが、彼らは本当に心を入れ替えたと思う。というか、そもそも暴れていた個体は大佐に吹き飛ばされてゼリーになり、そこから新たに筋肉パワーで生まれた生命体なので、同一個体なのかも実はよく分からない。

 ともあれ、この世界でみんな笑顔で過ごせればいいなと、そう強く願った。


「それにしても、一体、何を――」


 スライムたちが消えた後、彼らが鍋にいれたものが入っていた袋を確認する。”プロテイン”と書かれていた。私は、見なかったことにしてそっと袋をしまった。

 念のために再度味見をしたが、特に影響はなさそうだし毒性もなさそうだ。きっと、ちょっと筋肉が多めにつくくらいだろう。


「みなさーん、料理が出来ましたよー!!」


 私は何事もなかったかのように、村の皆さんに声をかけた。幸い、スライムたちの姿は村人たちには見られずに済んだらしい。


「やったー!」

「待ちくたびれたよ、早く早く!」

「楽しみにしていたのよ!」


 嬉しそうな明るい声が、村の広間に響き渡る。私と大佐は忙しく動き回り、彼らへと料理を配膳して回った。それは笑顔で溢れ、幸せな空間だった。


 しかし、そのときの私はまだ知らなかった。


「くくく……、このままで終わると思うなよ、コハル」


 あの怪しい影が、静かに動き出していたことを!

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