6話 怪しい教祖が出てきました!!
「何者だっ……!!」
突然の派手な侵入者の登場に、聖バーベル教会の信者たちはどよめく。
「王国正規軍・第七師団大佐、カイル・レオンハルトだ。私の部下を返してもらおう!」
カイル大佐は、単身でこの場に乗り込んできているようだった。けれど全く臆する様子はない。私は頼もしすぎる味方の登場に、思わず祭壇の上からブンブンと手を振る。
「私はここですっ! 来てくれたんですね、大佐っ!!」
「当たり前だ! すぐに戻って買い出しの続きだぞ、コハル!」
「はいっ!!!」
ああ、やっぱり私の推しは最高に格好良い! 半裸だけど。いや、今回に限っては、多分爆風で上半身の服が吹き飛んだだけだから――多分。
「何をふざけたことを!
これから聖女様は、我々とスクワットの儀をおこなうのだ!! 邪魔をするな!」
私にとって全く身に覚えのない予定を口にしながら、信者数名が大佐に襲い掛かる! 宗教団体の信者とはいえ、見た限り、ここにいる全員がエリートマッスルだ。流石の大佐でも、百人の筋肉が相手では数に押されてしまうかもしれない。
「大佐、危な――」
「ふんっ!!」
……そんな私の心配は全く必要なかったようで、大佐が重い拳を振りぬいた衝撃波で、向かっていった信者たちは全員吹き飛んでいった。
え、なに、今のは魔法?
「違う、鍛えられた筋肉の力だ!!」
「地の文に返事しないでくださぁい!」
「何を言っているんだ、コハル? というか、君、全部喋ってたぞ」
「なんですって……!?」
私は興奮のあまり、思いが全部声になって漏れ出ていたらしい。いけないいけない、気を付けないと!
そんな風に私が気を落ち着けている間にも、大佐はこともなげに信者たちをなぎ倒していく。
「とにかく、助かりそうで良かった……」
この調子なら数分もかからずに、カイル大佐は祭壇の所まで助けに来てくれそうだ。
しかし、ほっとしたのも束の間、建物内に突然エコーがかった声が響き渡った。
「おやおや、随分と好き勝手に暴れてくれたようだねぇ」
「だ、誰っ!?」
声の主は、私が祀られている祭壇の傍らに現れた。先程までは居なかった筈なのに、いつやって来たのか、全く分からなかった。
「「「教祖様!!!」」」
「教祖……??」
「そうです。お初にお目にかかります、聖女様。僕はこの聖バーベル教会の教祖、ビルド・マッソ」
聖バーベル教会の教祖だというビルドは、他の信者たちとは全く異なる装いをしていた。全身をマントで覆い露出は控えめだが、何となく細身で小柄に見える。目元に仮面をつけて顔まで隠し、口許だけがのぞいていた。
「この宗教の教祖……、つまり諸悪の根源ですね?」
「ははは、これは手厳しい!」
私の辛辣な言葉に対しても、さして気にした様子はない。今度こそ、少し不味い予感がした。この教祖、明らかに今まで出てきた人たちとオーラが違う。強キャラの予感がする……。
「あなた、目的は一体何なの!?」
「我々の目的は、筋肉で世界を救うことですよ、聖女様!」
「その割には、あなた自身は筋トレしないんですね」
「ふふ。聖女様からのありがたいお言葉、肝に銘じます」
「くっ、全然、私を聖女として見ている、って感じがしないけど」
私の言葉に、教祖はにたりと笑みを浮かべた。そして数歩こちらへと歩み寄ると、エコーのかかっていない――私にだけ聞こえる声でこう囁いたのだ。
「ああ、そうだ。貴様は……”転生者”だろう?」
「……ッ!!」
脳が一瞬、理解を拒んだ。ぞくりと背筋が寒くなる。やはり、この教祖は明らかに異質だ。まさか私の正体を知っているの? 下手をすれば、この世界がゲームであることまで?
頭の中をぐるぐると疑問が駆け巡る。オタク的頭脳は完全に固まってしまっていて、何と答えれば良いのか分からない。
(どうしよう、どうすれば――)
狼狽える私を待ってくれる筈もなく、教祖の手がゆっくりと此方へと伸びてくる。そして――
「ふんっ!!」
その手は私に触れることすらなく、教祖本人が空の彼方へ吹き飛んでいった。
祭壇の傍まで辿り着いたカイル大佐が、一振りでやってくれました。
「うわぁ……」
あんな重要キャラっぽい振る舞いだったのに、こんな雑に退場するんだ。というか、弱かった。凄く魔法とかも駆使して応戦してきそうな雰囲気だったのに。いやカイル大佐が強すぎるのかな……。
「コハル、怪我は無いか?」
「あ、はい、とっても無事です!」
私はカイル大佐の手を借りて、祭壇から降りてくる。聖バーベル教会の施設だったのであろう建物内は、敗北して倒れ伏した信者たちと、スクワット儀式の準備品がごちゃついていて、カオスな状態になっている。
「そうか、よし、では――帰るか」
「はっ、はい!!」
何となく、教祖以外はそんなに悪い人ではなかった気がする。だから少しだけ申し訳ない気持ちもあるが、私は私の居たい場所へと帰ることにした。
大佐の立派な広背筋を眺めつつ、帰路へ着く。私は不思議と、自然に笑みが零れてきてしまうのだった。