5話 聖バーベル教会に拐われました!
私は罠にはまって強制転移させられた後、どうやら気を失っていたらしい。
「んっ……。ここは……」
目を覚ますと、見知らぬ祭壇の上に居た。慌てて周囲を見渡すと、壁には『歓迎☆筋肉聖女様』と書かれた垂れ幕がかかっている。
(………………すうっ)
私の意識が現実逃避のために遠のきかけたが、突然開いた扉がそれを許してはくれなかった。
「お目覚めになられたのですね! 筋肉聖女様!!」
「違いますがぁ!?」
いけない。反射的に飛び起きて否定してしまった。取り合えず様子見で肯定しておくことも出来たのに! いやでも、自分が筋肉聖女であることを肯定はしたくないな!?
「またまた、ご謙遜を!」
「いや本当に違うんですよ。というか、あなたたちは誰ですか!
私を元居た場所に返してください!」
「よくぞ聞いてくださいました!!」
待ってましたと言わんばかりの返答に、私は自分の質問を大いに後悔した。しかし後悔したところで、もう遅い! 扉からドヤドヤと数十人――下手すると百人近い集団が入り込んできて祭壇を取り囲む。
「ひえっ!?」
全員白いローブを纏っているのだが、その袖はなく完全に上腕二頭筋が露出している。そして胸元もやたらと開いている。もはやローブの意味があるのか、私には全く分からない。
「我ら!」
「「「聖バーベル教会!!」」」
「筋肉聖女様をお迎えに上がりました!!」
「分かりました、全員、馬鹿ですね??」
号令と共に”聖バーベル教会”と名乗った彼らは、思い思いのマッスルポーズを披露していた。そこは統一しないスタイルなんだ……。
ああ、いけないいけない。思考がまた現実逃避を始めかけていた。
「とにかく、あなたたちが誰であってもです!
私の居場所はここではありません。そもそも誘拐は犯罪です!!」
「しかし、我々の聖典には書いてあるのです。
目覚めの時、筋肉聖女が降臨され、我々に正しき筋トレの道を示してくださるだろうと――」
「筋肉聖女の役割それで良いの!? ジムトレーナー的な??」
「長年、我々は筋肉聖女様を探し求めておりました……。
そしてついに先日! 軍の部隊に筋肉聖女様が降臨されたとの噂を聞きつけ、急いでお迎えに上がったのです!」
「待った!! 何ですか、その噂って!?」
「えっ。何を仰いますか。町は筋肉聖女様の噂でもちきりですよ!
立ち寄った軍人たちが自慢していったとかで……」
「いやあああああ……!!」
私は絶望に頭を抱えた。着々と筋肉聖女としての外堀がうめられていく……。
「とにかく朝礼だ!!
筋肉聖女様を迎えての初めての儀式、皆、気合を入れていくぞ!!」
「違います、帰してくださいってば!! 大佐もきっと心配していますし!」
駄目だ、この筋肉たち、何も人の話を聞いていない。
そして朝礼の準備と言いながら、ストレッチをし始めた。嫌な予感がする。とても。
「よし、みんな、準備は良いな!? それでは、聖バーベル教会の朝礼を開始する!!」
しばらくの後、私の不安をよそにして、清々しい顔で司祭らしき男が全体へ向けて号令をかけ始めた。
「まずは定例の――腕立て伏せ100回、はじめっ!!」
「「「ふんっ!ふんっ!」」」
「………………」
うん、まあ、知ってた。多分、こうなるだろうとは思ってた。先が読めるようになってしまった自分が憎い。もしかして、この世界に染まりかけているのではないだろうか……恐ろしい。
「聖女様! 腕の角度はこれ位で良いですか??」
「分かりません!!」
「聖女様! 腕立て時の呼吸はどうすれば良いですか??」
「知りません!!」
「聖女様! あなた様も是非ご一緒に!」
「しませんっ!!!!」
信者たちが腕立て伏せをしながら、口々に中央の祭壇の上にいる私に話しかけてくる。怖い。この状況、正直怖すぎる。
なんというか、まず数の暴力が酷い。百人近いマッスルに取り囲まれて筋トレされているって、圧が半端ないのだ。
それにこの筋肉ノリで誤魔化されてはいるが、相手は私を誘拐してきた過激派集団である。いつ危害を加えられるか分からない。
(早く逃げ出さなくては……)
私は意を決すると、賭けに出ることにした。この状況を、利用するのだ!
「皆さん、筋肉からのお告げです!!」
私が大声で叫ぶと、信者たちはしんと静まりかえった。皆からの注目を受ける状況に緊張するが、ここまできたらやりきるしかない。
「今すぐ、即刻、可及的速やかに、筋トレを中止してください!!」
どよめく声が響き渡る。よし、インパクトは与えられているぞ、もう一押し!
「今日は筋肉を休める日です! 筋トレのしすぎは、かえって筋肉を傷めます。
よって本日はトレーニング中止! 解散!!」
言い終えると、私はゴクリと息を飲んで周囲の反応を伺った。皆それぞれ、ショックを受けた顔をしている。
……何だか申し訳ない気分にもなってくるが、背に腹は代えられない。私は大佐のところへ帰らなくてはいけないのだ。
「司祭、どうしますか!?」
信者たちは、狼狽えながら司祭の男に問いかけている。彼はしばし神妙な顔で考え込んだ後、優しい笑顔で私を見つめた。
「なるほど、分かりました」
「分かってくれましたか!」
「ええ、勿論です……。
聖女様は我々を試しているのですね!」
「はいっ??」
「こうして甘い言葉をかけて、我々の筋トレ精神をお試しになっている!」
「なってません!!」
「甘い誘惑、慈悲の心、それに打ち勝ちトレーニングを続ける者にこそ、真の筋肉が与えられる!
そう仰りたいのですよね!!」
「駄目だ、この人、他人の話を聞かないタイプ!」
「皆の者、これは試練だ!!
我々は聖女様に報いるためにも、より素晴らしい筋肉を披露する義務がある!」
「ありませんからね!」
「さあ、スクワット祭壇の準備を!!」
なんか最後にとんでもない単語が聞こえてきた。絶対に駄目なやつが出てくる予感がする。
私は本気で絶望した。どうしよう。逃げる手段がなくなった。それに、全然話が通じない。
思えば、カイル大佐との会話は良かった。同じ筋肉信者でも、私の言葉は聞いてくれたし、気持ちも考えてくれていた。
ああ、大佐に会いたいな。今頃、どうしているんだろう。
転移魔法でここまで飛ばされたから、彼が私の居場所を突き止めることはきっと難しい。だからこそ、自分の力で帰らなくてはいけないのに。
「大佐……」
ぽつりと声がこぼれる。その声も、筋トレの掛け声にかきけされていく。
私がうつむいた次の瞬間、爆発音と共に大きな砂煙が上がった。
「きゃあっ、何っ!?」
顔をあげると、建物の入り口である扉付近が派手に吹き飛んでいた。
そして、砂煙がおさまってクリアになった視界に現れたのは――
「大佐!!!!」
「私のコハルを返してもらおうか」
半裸のカイル大佐、その人だった!!
なんと!さらに続きます!!