46話 やっぱり、私はこの世界が大好きです!!
私は暗闇の中、目を閉じて揺蕩っていた。
ここはどこだろう。私は何をしていたのだろう。
――ああ、そうだ、思い出した。
私、きっと夢を見ていたのね。
楽しくて、可笑しくて、ちょっとドキドキして、幸せな夢。
筋トレマシーンに潰されるというあんまりな死因。
それに同情した神さまが、少しだけ私に夢を見せてくれたのね。
――そうね、でも、もう夢は終わり。
ぼろぼろと、涙が止まらない。
全部、壊れてしまったの。私は、きっと間違えた。
――さようなら、みんな
――さようなら、この世界
――さようなら、大佐
私の意識は、深く深く、落ちていく。
だけど、唐突に、それを引き戻す声が届いた。
(コハル……! 聞こえるか、コハル……!!)
「えっ!?」
私はハッとして目を見開く。
周囲は矢張り、漆黒の闇に包まれたままだ。
それでもはるか遠くに、煌めく光の筋を見つけた。
私は必死に其方へ向かって駆けだす。
(コハル! ……戻って来い、コハル!!)
声と光を頼りに延々と走り続けると、急に視界がパッと開けた。
「――っ、大佐!?」
私は暗闇でできた大きな浮かぶ球体の中にいた。
地上を見下ろすと、カイル大佐が筋肉を光らせながら、必死に私に呼びかけてくれている。
「気が付いたか、コハル!!」
「え、私、一体、どうして……!?」
「君を探して国中を走り回った。ようやく、ここで見つけたんだ!」
「ここ? ここ、は……」
よく見ると、そこは最初の森だった。
私とカイル大佐が出会った場所。
「大佐、あの、ごめんなさいっ! 私、みんなを騙す心算は無くて、でも……っ」
「コハル、私たちを見くびるな!!」
「……っ!」
私はびくりと肩を震わせる。
叱責されたのだと思った。しかし、大佐は穏やかな笑みを浮かべて続けた。
「君に悪意が無いことくらい、みんな分かっている。コハルがどれだけ頑張ってきたのかも、みんな知っている。ここがどんな世界だろうと、それは変わらない」
「た、大佐……」
「コハル、世界が壊れようとしているらしい。君が、この世界に絶望したからだそうだ」
「えっ、世界が、壊れる? わ、私の、せいで……!?」
「――君が本当に辛いのならば、私はそれでも良いと思う」
「……っ!」
「君がこの世界の人間ではないことは知っていた。その気持ちの全ては、分かってやれない」
カイル大佐の真摯な言葉に、胸が痛む。
彼は本当に、私のことを考えてくれているのが伝わってくる。
それなのに、勝手に憶病になって、勝手に嫌われたと絶望して。
……私は、馬鹿だ。
「だが、もし、コハルがこの世界を嫌いではないのなら――」
「嫌いじゃないです!! 好きです。大好きですっ!!」
私は叫んだ。
「私、ずっとみんなと一緒に居たい! カイル大佐と居たいです!!」
私の言葉に、カイル大佐が安堵した顔になるのが見えた。
「良かった。なら、そこから出て来るんだ。受け止める!」
「は、はいっ! ……あ、あれっ!?」
私は暗闇の外に飛び出そうとしたが、抜け出せない。
暗闇に実体はない筈なのに、分厚い壁のようにびくともしない。
「大佐、どうしましょう……、でれま、せん……」
私は顔を青ざめさせた。
冷静に見渡してみれば、空から侵食してくる闇はどんどん広がっていき、この世界が飲み込まれていくのが分かる。
「ま、まさか、手遅れなんじゃ……」
アプリをアンインストールしたとき、途中で思い留まっても、間に合わないように。
一度、崩壊し始めた世界を、止める手段はないのではないか。
「そんな……っ、そんな、どうしよう!?」
このままでは、みんな消滅してしまう。
パニック状態になった私を大佐はじっと見上げていたが、やがて、決意したように頷いた。
「コハルは、そこから出たいんだな?」
「はいっ! 私が外に出られれば、この世界の崩壊も止まる気がします!」
「分かった」
短く返事をしたかと思うと、カイル大佐は地面を蹴り上げて飛び上がる。
そして迷いなく、私を閉じ込めている暗闇の球体へ拳を振り下ろした。
「ふんっ!!」
「……!?」
――バチバチバチイッッ!!
電気が弾けるような音が響き渡り、大佐の拳が暗闇の中にめり込む。
暗闇は消え去る様子はなく、逆に彼の腕がじわじわと真っ暗闇に侵食されていく。
「ぐうっ!」
カイル大佐は苦悶するように顔をしかめた。
それでも、拳をおさめようとしない。
「大佐っ……、カイル大佐、駄目です! 何かこれ、触っちゃ駄目そうです。駄目、離れて!!」
私は直感的に理解した。
これは、触れてはいけない闇だ。おそらく、飲み込まれれば消滅してしまう。
「それはできない! 私は、君を助けなくてはいけない!!」
「どうしてですか! お願い、離れてください!! 大佐がいなくなっちゃうなんて、嫌です!」
「君が好きだからだ!!!」
「……っ」
心臓が止まるかと思った。私は、大きく目を見開く。
「私が作りものだとか、そんなことは正直よく分からない! 私にわかるのは、私が感じる素直な気持ちだけだ! それが何によってもたらされていようが、関係ないっ!!」
「大佐っ……」
「良いか、私の筋肉の声をよく聞け、コハル!!」
既に顔の半分まで闇に侵食されながらも、大佐はニヤリと笑った。
「君の笑顔が、私の最優先任務だ!!!!」
「大佐ーっ!!!!」
――パァンッ!!!!
その瞬間、私を覆っている闇が弾け飛び、眩い光が溢れて世界を満たした。