41話 この世界にロボットってありですか!?
和平食事会はビルドさんの策略により、失敗に終わった。
グルメリアス王から宣戦布告宣言があり、両国の兵士も集結して睨み合い、一触即発の雰囲気である。
そんな中、「秘密兵器」と称してビルドさんが出現させたのは――。
全長10メートルの、巨大美食グルメロボだった!!
「いやいやいや、駄目でしょう!! この世界にロボット出しちゃ、駄目でしょう!?」
思わず叫んだ私に、ビルドさんは不遜な態度を崩さない。
「ふふん! 筋肉だらけの意味不明な世界に、これくらい誤差だろう!!」
「そもそも、どうしてロボットを知っているんですか!?」
「お前たちプレイヤーのせいだよ! 毎回、毎回、訳の分からないシナリオを展開しやがって…! 前にロボット大戦を始めた奴がいて、その知識が残ってたんだっ」
「それは何か本当にごめんなさい!!」
AI会話ゲームは異常に自由度が高い。基本的にはファンタジーベースなこの世界だが、ロボ大戦を始めるプレイヤーがいても不思議ではない。
この世界のバグであるビルドさんは、そういった過去のシナリオの知識も有しているのだろう。
しかし、他のこの世界の住人に、基本的に他のシナリオの知識はない。
大佐だけは例外で「夢」という形で少しだけ記憶があるようだが、限定的で、ビルドさんほど明確なものでは無いだろう。
「な、なんだ、この化け物は……!? 筋肉が……、ない!?」
だから当然、ロボットを見るのも初めてなはずで、その巨体をみあげるカイル大佐は驚愕の表情を浮かべている。
「大佐、あれは……! なんと説明すれば良いのか、とにかく、生き物じゃないんです!! 動くお人形みたいなもので!!」
「ふむ……。よく分からないが、倒せばいいのだな!?」
「はい、おそらく、あれがグルメシアの切り札! あのロボットを倒せば、この場は収まるはずです!!」
美食グルメロボは、頭部にコック帽を被り、両目は調味料の瓶のように飛び出して怪しく光っている。
右手は巨大な包丁型ブレード、左手はフライパン型のシールドだ。
胴体は透明な鍋であり、中でぐつぐつ何かが熱く煮えたぎっているのが見える。
両足は無数の巨大フォークとスプーンが束になって作られているようだ。
そして背中には換気口のような煙突があり、何かご飯のいい香りが漂っている。
そんな異様な姿の巨大ロボットにも、大佐は怯まなかった。
流石、多くの経験を積んだ優秀な軍人だ。
すぐに意識を戦闘に切り替え、単身、ロボットへと駆けだしていく。
「先手必勝! 全力で行くぞ!! はあああああっ!!!」
大佐の疾走に合わせて風が巻き起こり、大地が揺れ、彼の筋肉が眩く光り輝き始める。
「大佐、頑張れーっ!!」
その絶大なスピードと迫力に、敵も味方も近づくことさえ出来ない。
私たちダンベリア兵は大佐の背中に、必死に応援の言葉を送る。
「大丈夫さ、カイル大佐なら!! あれより大きなマッチョドラゴンだって一撃で仕留めたことがあるんだ!」
「そ、そうですよね! これまでも、大佐が負けたことなんてないんですから!」
今までの戦いでも幻術に惑わされたことはあったが、純粋な戦闘力においてカイル大佐は圧倒的だった。私は、私たちは大佐を信じて、祈りを込める。
美食グルメロボは大佐を待ち構えるように、悠然と立ち尽くしている。
そのロボットの足元まで辿り着くと、疾走の勢いを全て力に変えるように大佐は大地を踏みしめて飛び上がった。
――パァン!
大佐の上半身の服が弾け飛ぶ。躍動する、眩く光り輝く筋肉が剥き出しになる。
そのままロボットの腹部めがけて、渾身の力を込めた拳が振りぬかれた。
「ふんっ!!!!」
――ドオオオォォンッ!!
低く巨大な衝撃音が轟き、空気と地面を激しく震わせた。
余波で暴風が巻き起こって、砂埃や瓦礫が舞い上がって視界を塞ぐ。
「くっ、見えない! 大佐、大佐は……っ!」
少し経って漸く視界が晴れていく。そうして、私が見たものは――
「そ、そんな……!!」
カイル大佐のパンチを、フライパンシールドで受け止める美食グルメロボの姿だった。確かに大佐の強烈な拳は鉄板に大きくめり込んでいるが、突き破るには至っていない。
そして渾身の一撃を耐えきったグルメロボは、即座に反対の手の包丁ブレードで大佐へ攻撃を叩きこんだ。
――ドカァァァァンッ!!
巨大な鉄球でも打ち出されているのかという勢いで、攻撃を受けた大佐が吹き飛ぶ。
そのまま、半分崩れかけた大聖堂の壁へと叩きつけられた。
「大佐ぁああっ!!」
私は悲鳴をあげながら、その姿に駆け寄る。
「くっくっく! 馬鹿め!! お前たちの戦闘のかなめがその筋肉大佐であることは分かっている! だからこそ、それに負けない力を持つロボットを僕は作り上げた!!」
ビルドさんの高笑いが響く。
それに答える余裕もなく、私は倒れた大佐を抱き起こす。
「大佐、カイル大佐! 大丈夫ですか!?」
「くっ……、鍛錬が、足りんな……」
カイル大佐が声を震わせながら、膝を付いて立ち上がろうとする。
その口許には血が滲んでいる。
「駄目です、大佐、無理をしては! 包丁ブレードで斬られて、壁が壊れる程叩きつけられて、酷いけがを――!」
私は大佐を引き留めるように、抱きしめる。
そしてその怪我の酷さを確認しようとして――あることに気が付いた。
「……ないですね、怪我」
「ああ。殴り合いでは負けてしまったが、筋肉を鍛えていたおかげで傷は作らずに済んだようだ」
「あれ、でも、血は」
「唇が少し切れてしまったようだ」
「ああ、唇そのものには筋肉ってないですしね……」
とにかく、大佐は重傷を負った訳ではないらしい。
それが確認できると、私はほっとしすぎて脱力した。
「心配をかけてすまなかった。先程は敗れてしまったが、次は負けん!!」
「いえ、ご無事でよかったですが、美食ロボの強さは……!」
私の言葉を遮るように、大きな破壊音と悲鳴が轟いてくる。
「……っ!」
「くくくっ、いつまで休んでるんだ、筋肉大佐、転生者ぁ!! そんなんじゃ、お仲間が全員やられちまうぜ?」
振り返ると、巨大な美食グルメロボが本格的に暴れ始めていた。
そしてその周囲で、グルメシア兵たちも援護するように鍋やフライパンの投擲攻撃を加えてきている。
「ロボの一撃で筋肉の盾が吹き飛んだぞ! 立て直せ!!」
「無理だ、おいつかない!」
「なんだこれは、ごほごほっ、息が苦しい、こ、胡椒爆弾!?」
「ぎゃあ、熱いっ、熱々の――スープじゃない、ただの熱湯だぁ!」
ダンベリア兵は筋肉の力で迎え撃つが、相手はカイル大佐でも敵わないほどの戦闘力をほこるグルメロボである。
みんな、なす術なく倒されていく。
「くっ、私の部下が! 行かなくては!!」
立ち上がって駆けだそうとするカイル大佐の腕を掴んで、私は引き留めた。
「どうした、コハル! ぐずぐずしている時間はないぞ!!」
「大佐……。確かに大佐は、とても強いです。ですが、万全の状態での渾身の一撃が、防がれてしまいました。このまま向かっていっても、勝算は……」
真剣な顔で告げる私に、カイル大佐は複雑そうな表情を浮かべる。
本当は彼だってわかっているのだ。
グルメロボと大佐には、埋められない戦闘力の差がある。
「それでも、勝機はあるはずだ! 何としてでも、私は国を、私の部下を守って見せる!!」
「大佐ッ!!」
私は大佐の腕を離さない。
じっと彼の目を見つめて、言葉をつづけた。
「大佐は、一人じゃありません! 確かに私たち、大佐ほど強くはないですけれど……。でも、一人じゃできないことでも、皆の力なら何とかなる! そう教えてくれたのは、大佐でしょう!?」
「……っ!」
「みんなーっ!!」
私の呼びかけに応えて、筋肉スライム軍団とバルキーモンキー軍団が集まって来た。
「もしものときの為に、ついてきて貰っていたんです。この子たちと、ダンベリア兵のみんなと、私と、カイル大佐と、皆の力があれば……きっと、あのロボットにも勝てます!」
「コハル……」
私は改めて決意を込めて、美食グルメロボを睨みつけた。
「――行きますよ! 反撃開始です!!」