40話 大波乱! ビルドさんの策略!!
最初はピリピリとした雰囲気だった食事会も、すっかり和やかな社交の場へと変化していた。
グルメリアス王も料理を気に入ってくれたようで、ここまで出されたものは全て完食されていた。
「ああ、このように楽しい食事は、いつ以来だろう」
会話の最中、そう呟くグルメリアス王の言葉に、私は静かに耳を傾ける。
「料理も勿論だが、皆が十分な量の食事を笑顔で口にしている。食材自体はどれも素朴なものであるのに、どうして……」
「それはね、きっと、この食事に思いやりがつまっているからだよ」
バルク3世様が、グルメリアス王へそっと答える。
「料理を作った人、食材を準備した人、会場を整えた人……。皆の力が一つになって、この食事会が生まれたんだ」
「私だって国のことを思っている! 一番に!!」
「それは分かるよ。私も同じだ。でも、一人の力でできることは少ない」
「……」
バルク3世様の言葉に、グルメリアス王は押し黙る。
「そして一人で思いつめれば、壁にぶつかってしまうこともある。正しいことをしようとしていても」
そう語りかけてから、バルク3世様は大真面目な顔で付け足した。
「筋トレだって、休憩も無しに無暗に鍛えていては、体を壊してしまうからね!!」
その姿にグルメリアス王は目を丸くしてから、小さく笑う。
この食事会で、初めて見せた笑顔だった。
「はは、貴殿は本当に筋肉ばかりだな。ここまでくると……、感心するよ」
「お、良いね! グルメリアス王も一緒に鍛えるかい?」
バルク3世様が本気の顔で目を輝かせて、2メートルのマッチョな巨体でグルメリアス王に迫る。
「いや、それは結構……」
いけない!
折角良い雰囲気だったのに、バルク3世様の筋肉暴走が始まりかけている!!
「ええと、そろそろ! そろそろ、メインディッシュですよ」
私は話題を変えようと、次の料理を運んできて貰うことにした。
「お肉のメインディッシュは、バルクチキンの野菜たっぷりスタミナ蒸しです! 高たんぱくのバルクチキンに10種類の野菜を詰め込んで、しっとりと蒸し上げました。マッスルベリーのソースを添えています」
金属製のフードカバーを被せられた大きな皿が、一人一人に並べられていく。
辺りには食欲を誘う肉の良い香りが漂い、会場は期待感に包まれた。
「さあ、どうぞ――!」
私の言葉を合図に、次々とフードカバーが外される。
そして、どよめきが起こった。
「えっ……」
「なっ」
「何っ!?」
皿の上に出来立ての肉料理が用意されていたのは、ダンベリア側だけだった。
フードカバーの中、グルメシア側のメインディッシュの皿の上に乗っていたのは――
「なんだこの写真集は!!」
カイル大佐の筋肉写真集だった。
「なんで……!?」
私は頭が真っ白になった。
相手国の皿の上に筋肉写真集というシュールで可笑しな状況だが、正直、全く笑える話ではない。
「コハル、これは一体、どういう!?」
いつもは穏やかなバルク3世様も、流石に動揺を隠せない。
しかし一番感情を爆発させたのは、他でもないグルメリアス王だった。
彼は筋肉写真集の乗せられた皿を前に、俯いたまま暫くの間、ぷるぷると小刻みに震えていた。
やがて怒りが臨界に達すると、顔を上げて怒声をあげる。
「これが貴様の国のやり方か! さんざんもてなしたのは、最後に私を馬鹿にする為だったのだな!!」
「待ってください、ち、違います! 手違いなんです。こんなはずでは……!!」
「ふざけるな! どいつもこいつも、結局、私を馬鹿にして――!!」
そんな会場の異変を察知して、カイル大佐が慌ててこちらへ駆け寄ってくる。
「何があった、コハル!!」
「ああ、カイル大佐! 大変なんです! 大変なんですけど、大佐は、あの、今は来ない方が良いかもと言いますか!?」
混乱する私は、状況を正確に伝えることができない。
あっと言う間に長机の中心に辿り着いたカイル大佐に気づいて、グルメリアス王は目を剝いた。
「貴様が! このくだらない悪戯の首謀者か!!」
「……?」
筋肉写真集に映っている当人が登場したのだ。
グルメリアス王の怒りはごもっともである。
しかし当然ながら、カイル大佐は意味が分からず困惑している。
「コハル、どういうことだ?」
カイル大佐が訊ねてきたので、私は取り合えず分かっている限りのことを説明する。
「そ、それが、メインディッシュが……。グルメシア国の皿だけ、なぜか大佐の筋肉写真集にすり替わっていまして……」
自分でも何を言っているのか、正直分からない。意味が分からなくて、悔しくて、泣きそうになる。
こんなことで、一生懸命準備していた食事会が終わってしまうの……?
そんな私に追い打ちをかけるように、嘲るような声が響いた。
「――だから進言したでしょう! ダンベリアなど信じてはならないと!」
颯爽と立ち上がったのは、ビルドさんだ。
甲斐甲斐しくグルメリアス王の肩を抱き、慰めるように優しく語り掛ける。
「ああ、なんと御可哀想なグルメリアス様! 貴方様の純粋な国を思う気持ちはいつも踏みにじられる! その崇高な理念と理想についていける人間が、この世界には少なすぎるのです」
背筋がぞくりと冷える感覚があった。
「ま、まさか、この食事の入れ替えは、ビルドさんが……」
転移魔法を自在に操れるビルドさんであれば、不可能ではない。
黙って友好的に進む食事会を見守っていたのは、この裏切りの演出の為だったのだろうか。
「しかし大丈夫です! このビルド・マッソ、貴方様の理想にどこまでも寄り添います!」
「ち、違います、グルメリアス様! ビルドさんを信じては!!」
「黙れっ!! この者は私の美食政策を肯定してくれたのだ! 国中から愚かな王だと罵られている私を、認めてくれたのだぞ!?」
「待ってください、そんなことないです! ハバネロさん達は、貴方のことを心から尊敬していました!!」
「ハバネロ!? あいつらも私を見限り、勝手に軍を飛び出していったんだぞ!?」
グルメリアス王は錯乱し、かなり追い詰められている様子だった。
元精鋭軍のハバネロさん達の処遇についても、彼らから聞いていたものと随分違う。
もしかしたら、この辺りもビルドさんが裏工作をしていたのかもしれない。
「グルメリアス様、そのような筋肉馬鹿どもの話を聞く必要はありません! そもそも、ダンベリアを滅ぼしてしまえば、全ては解決します!!」
「……っ!?」
「駄目だ、グルメリアス王、貴方も和平を望んでいたのだろう!?」
バルク3世様が叫ぶが、もうグルメリアス王にはなにも届かない。
彼は立ち上がると、大きな声で宣言した。
「ダンベリアは我が国の誠意を踏みにじり、明らかな敵意を見せてきた! もはや和平などと言ってはいられぬ! いま、この場において、改めてダンベリアへの宣戦布告を宣言する!!」
会場内にどよめきが走る。
食事をしていた会の参加者たちは次々に立ち上がり、距離を取って臨戦態勢に入った。
また、両国の待機していた兵士たちも、続々と会場内に押し寄せてくる。
「そ、そんな……、そんな……!?」
私は急な展開についていけず、その場に立ち尽くしたまま泣きそうになる。
――和平の食事会は失敗した。
その悲しみを感じる間もなく、こんな大規模な戦闘が始まろうとしているなんて。
「コハル!!」
私の肩に大きな掌が触れる。カイル大佐だ。
いつもならそれで落ち着くのに、今はそれでも気持ちが追い付かない。
私は何も話せず、大佐を見つめ返すことしかできない。
「とにかく、今は戦うしかない。和平のための準備が全て無駄になったとは思わない……。だが、ここで負けてしまっては、それこそすべてが無駄になってしまう!」
「はっ……、はい……!」
必死に返事をすると、ぼろぼろと涙が零れてきてしまう。
その姿に大佐は一瞬固まったようだが、すぐに私の手をぎゅっと握ってくれた。
「おそらく、これはビルドの策略だ。グルメリアス王は、あいつに操られているようだが、きっとまだ対話の余地はある。この場を切り抜けて、そのチャンスを作るんだ!」
「……っ、うぅ、……はいっ!!」
大佐の前向きな言葉に、私は大きな声で頷いた。
「この場を本気で切り抜けられると思っているのか?」
私たちのやりとりを嘲笑うような高笑いが響く。
いつの間にかビルドさんは、大聖堂の扉の傍で不敵に腕を組んでいた。
「私はダンベリアも、グルメシアも、この世界を幸せにしたいんです! ここには皆も、私も、大佐もいます。負けませんよ!!」
「くくくっ、この僕が、何も準備をしていないと思ったか?」
ビルドさんのその声を合図に、地響きと共に、激しく大聖堂の床が揺れ始めた。
「きゃあっ!?」
「むうっ!?」
私はその場に膝を付き、カイル大佐は仁王立ちで耐えた。
そしてその振動に続いて、なんと大聖堂の床がぱっかりと真っ二つに割れて開いていく。
「はっ……? え……? な、なにっ……??」
唖然としている私をよそに、その割れた床の隙間から、巨大な物体が持ち上がりながら登場してくる。
「これがグルメシアの秘密兵器! 美食グルメロボだ!!」
そう、ぼかして書いたが、それは完全にロボだった。
全長が10メートルくらいはありそうな巨大ロボ。
秘密兵器の登場にグルメシア兵の士気は最高潮に達し、反対にダンベリア兵は動揺の波に飲まれている。
こうして、私たちの決戦が幕を開けた――!!




