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35話 大佐とお話しました! 

 カイル大佐の部屋は、ひっそりとした緊張感に包まれていた。

 彼はベッドに寝ころんだまま、私はその傍らの椅子に腰を下ろして息を飲んでいる。


 やがて、大佐は静かに話し始めた。


「君はこの世界の人間ではないと、以前に言っていたな」


「は、はい。そうです」


「もしかして、この世界について、何か知っているのではないか?」


「……っ!」


 突然の核心的な質問に、私は思わず膝の上のこぶしを握り締めた。

 どうしよう。なんて答えよう。


 ここがゲームの世界だって伝えてみる?

 そうすれば、ビルドさんのことも相談しやすいかもしれない。

 きっと大佐は信じてくれると思う。


 ――だけど、そうしたら、今の大佐との関係は変わってしまうのでは?


 大佐は実直な人だ。

 この今の大佐との友好的な関係も、全部ゲーム由来のものだと知られたら何と思うだろう。


 私はこの世界のことを知っていたのに、ずっと黙っていた。

 それは狡いことなのかもしれない。

 ならばせめて、早く伝えるべきだ。ちょうど今、大佐がきっかけを作ってくれた。

 

 それなのに、それなのに。


 ――嫌われたくない。


 自覚してしまった恋心が、私を臆病にしてしまう。


「あ、あの……」


「私は幼い頃から、ずっと不思議な夢を見ていた」


 言葉に詰まった私を助けるように、大佐がぽつりと口を開いた。

 私はその台詞に瞬く。


「不思議な夢、ですか?」


「そうだ。夢の中では、いつも世界が少しずつ違っていた。

 だが、大抵は激しい闘争の中にあった」


「闘争……」


「あるときは大勢が死に、あるときは私自身も命を失った。

 怪我は日常茶飯事で、国を失くしてしまうことすらあった」


 私はハッとする。

 大佐が言っている”夢”とは、もしかして、ゲームで繰り返された別シナリオのことなのかもしれない。


 カイル大佐のシナリオは基本的には彼の真面目な性格も相まって、シリアスな話が展開されていくことが多い。勿論、その世界と今の世界は別物だ。

 だが、その以前の世界の記憶が、夢という形で残っているのだとしたら――


「私はその雑念を振り払うように、筋トレに励んだ」


「そこはぶれていなくて安心しました」


「そんなある日、また私は夢を見た。

 だが、その日の夢は恐ろしいものでは無かった。

 皆が笑って、楽しく過ごす夢だった。死んだ者も、怪我した者もいない」


「よ、良かったです! 夢でも、怖い夢は嫌ですものね!」


「その夢の中心にいたのだ誰だと思う?」


「へっ?」


「君だ」


「え……」


 私の胸がドキドキと高鳴る。大佐が私の夢を見ていた?

 

 私は必死に古い記憶を辿る。

 そして思い出した。


 過去に一度、AIゲームのカイル大佐のルートで、どれだけお気楽なハッピーエンドを作れるかを試してみたことがあるのだ。


 どうやってもシリアスになると評判のシナリオを、どう乗りこなすのか。

 そんな挑戦心も勿論あったが、推しの大佐に幸せになって欲しいという気持ちが溢れた結果だった。


「だから、私は君の顔を知っていた。

 バルクが言っていただろう。軍に君を引き抜いたのは私だと」


「そういえば、そんなお話をされていましたね」


「夢を真に受けるなど、おかしな話だが。

 ふっ、これも、筋肉のお告げだと思ってな」

 

「大佐……」


「私は夢で君に救われた恩を返したかった。

 それに、」


 少し言葉を切ると、うっすらと微笑んだ。


「私は今の暮らしを不満に思ったことは無い。

 仲間にも恵まれ、筋トレも欠かさず、充実した日々を送っている。

 だが、君がいれば……更に楽しい毎日になるのではないかと思ったのだ」


「……!」


 まさか、大佐が私のことをそんなふうに思っていたなんて。

 出会った時から彼はずっと私を大切にしてくれていたけど、そこには理由があったのだ。


 これも全部、ゲームのつじつま合わせの結果だと言われれば、それまでだけど。


 でも、やっぱり、私は今目の前にいる大佐の意思があることを信じたい。

 少しためらいながらも真っ直ぐ私を見つめて話してくれる言葉は、作り物なんかじゃない。


「大佐……、私は、大佐の期待通りの存在に、なれていますか?

 ちゃんと毎日、楽しく、できているでしょうか……!」


 思わず零れた私の言葉に、大佐は驚いたように瞬く。

 そうして、ふっと笑い直した。


「――勿論だ」


 その返事で、笑顔で、私の心に花が咲く。

 そして、同時に胸の奥を刺すような鈍い痛み。


 大佐は全部、話して、伝えてくれたのに。

 私はまだ、全てを打ち明ける勇気を持てないでいる。


「大佐、私っ……!」


 私が声を震わせながら、何かを話そうとした、そのとき――


 ――パァンッ!!


 大佐の上半身の服が弾け飛んだ。

 ついでに彼が被っている布団も弾け飛んだ。


「ひえっ!? 布団まで……!?」


 私は戦慄した。

 大佐の筋肉パワーは国内、いや世界一だが、流石にこの爆発力は異常だ。


「ぐうっ……、やはり、限界か……!」


 おろおろとする私をよそに、大佐は苦し気に顔をしかめて呻き、そして――


「ふんっ! ふんっ! ふんっ!!」


 ベッドから飛び降りると、その場で高速スクワットを始めた。

 それはもう、見事なフォームと速度だ。


「……????」


 私はこの雰囲気の乱高下についていけず途方に暮れ、しばし上半身裸で筋トレに勤しむ大佐を見つめていた。

 しかしハッと我に返ると、放置していた「治療の手引き」を手に取った。


「どれどれ……」


 ――筋肉風邪はダンベリアに年中流行するありふれた病気です。発熱ではなく発筋が起こり服が弾け飛ぶので、衣服には気を付けてください。

 また、全身に筋肉元気痛が広がり、筋トレをせずにはいられなくなります。


「くっ。筋トレは、あくまで己の意志で行うもの。

 病気のせいでするなど、邪道だと考えて堪えていたが……。 

 もう、辛抱できん!!」


「ええっ、あの苦しそうな顔は、筋トレを我慢する表情だったんですか!?」


「ふんっ! ふんっ! ふんっ!!」


 大佐から、滝のような汗が飛び散る。

 スクワットの衝撃で、床はみしみしと悲鳴を上げている。


「治療方法は――筋肉が満足するまで筋トレをすることぉ!?」


 私は絶望した。

 カイル大佐の筋肉が満足するほどの筋トレとは……何日耐久で行えばよいのだろう。


「いや、そもそもどうしてこの病気で、二人の距離が縮まると思ったんですか?

 軍医さんは、私と大佐をどうしたかったんですか??」


「どうした、コハル! 軍医と何かあったのか?」


「いいえ! 何でもないですっ!!」


 ラブロマンス好きの軍医さんへのツッコミがあふれたが、私は何とか誤魔化す。


「よし、それでは、筋トレを続けるぞ!!

 ふんっ! はあっ! ふうっ!!」


「ああもう、つきっきりでサポートいたします……!」


 結局大佐は、5日間不眠不休で筋トレを継続した。

 しかしそれで弱るどころか、むしろツヤツヤと筋肉も大佐も輝きを増していた。


 どちらかというとサポートに回った私の方がぐったりだったが、彼と一緒に長い時間を過ごせるのは、まあ楽しかった。


 そして筋トレ耐久レースを終えた私たちに、王宮からの手紙が届く。

 内容は、ダンベリアとグルメシアの和平食事会の日程が決定したことを告げるものだった。

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