34話 筋肉風邪の恐怖!!
みんなの協力を得られるようになってから、和平食事会の準備は順調に進んでいった。
今日も軍の本拠地のキッチンで、私は料理に励んでいる。
「肉のメインは、やはりバルクチキンの中に沢山の野菜を詰め込んで蒸した、ローストチキン風の料理が良さそうですね!
これならお腹いっぱい、栄養満点、美食っぽさもばっちり!!
ちょっと前回よりも、ソースに工夫をしてみようと思っていまして……」
収穫してきた野菜を手際よく洗いながら、後ろで待っているはずの大佐に声をかけるが、返事がない。
「……大佐?」
私が不思議そうに振り返るのと同時、いつも堂々とした姿で立っている大佐がぐらりと膝を付き、倒れ込むのが見えた。
「えっ、大佐……? 大佐っ!!」
私は反射的に、彼の方へと駆け寄る。
「く……、これは……」
大佐の苦し気なうめき声が聞こえる。私が彼の手をとった、その瞬間。
――パァンッ!!
カイル大佐の軍服の上半身が弾け飛んだ。つやつやとした筋肉が露出する。そして……、
「うっ」
がくりと、大佐は気を失った。
私は意味も分からず彼を抱き寄せると、混乱しながら叫んだ。
「たっ……、大佐ああぁぁっ……!!」
◇ ◇ ◇
「筋肉風邪ですね」
軍の医務室まで、私は何とか無理やり大佐を担ぎ込んだ。
半泣き状態で巨漢を引き摺ってくる姿に困惑されたが、すぐに事情を察した軍医さんによってカイル大佐は引き取られ、ベッドに寝かせて貰うことが出来た。
そうして一通りの診察を終えた後、軍医さんは冷静な声でその診断結果を伝えてくれた。
「筋肉風邪って、お城の侍女さん達がかかっていた……?」
「まあ、このあたりではよくある病気ですね。
カイル大佐が罹患するのは珍しいですが……」
「あの、大佐は! 大佐は大丈夫なんですか!!」
「大丈夫ですよ、ただの筋肉風邪ですから。
数日、療養すれば元に戻ります」
「よ、良かったぁ……!」
私は安堵と共に脱力した。
「これ、治療の手引きですから、筋肉聖女さまにお願いして良いですか?
私はカイル大佐不在のときの軍の動向について、上に確認してきますので……」
「えっ!? いや、私、聖女と言っても、医療行為は出来ませんが……!?」
慌てふためく私に、軍医さんはふっと笑って顔を近づけてきた。
ちなみに軍医さんは黒髪の女性で、素晴らしい筋肉の持ち主のマッチョウーマンだ。
「……筋肉聖女さま。冷静になってください。
これは、チャンスですよ??」
「チャンス、ですか……?」
「風邪で倒れたカイル大佐、いつもより頼りない彼、その看病を甲斐甲斐しくする筋肉聖女さま。
二人の距離は縮まって、次第に――、という奴ですよ。
きゃー!!」
「ぐ、軍医さん……??」
「私、大佐と聖女さまのラブロマンス本を書いていまして」
「初耳ですねぇ!!」
「凄く大人気なんですよ! 特に王宮で!」
「たぶん、あの侍女さん達ですね!」
「いえ、陛下も読まれていました!」
「バルク3世様、何をなさっているんですか……!?」
「とにかく!!」
軍医さんは、ずずいと私に治療の手引きと書かれた冊子を押し付けてきた。
「宜しくお願いしますね!!
大佐はお部屋の方に運んでおきますので、あとは、良きようになさってください。
お大事に……!!」
「ふぇぇ……は、はい!?」
勢いに負けて冊子を受け取った私は、部屋に運ばれていく大佐の後に続くのだった。
◇ ◇ ◇
カイル大佐の部屋の中、ベッドでは大佐が眠っている。
私はその寝顔を見つめながら、傍らに置いた椅子に腰かけている。
「……ど、どうしてこんなことに」
軍医さんの口ぶりからして、筋肉風邪はおそらくそんなに深刻な病気ではないのだろう。
それでもカイル大佐が倒れる位だから、一大事だとは思うのだが。
「それに、チャンス、って……」
大佐が病気で辛い思いをしているはずなのに、不謹慎ではないか、という思いが過る。
けれど、同時に――
(……っ!)
ちょっと色々と、期待してしまう自分もいる。
だって、好きな人が風邪にかかるなんて、二人の距離を縮める最高のイベントには違いない。
――おかゆを食べさせてあげたり、汗を拭いてあげたり。
――お水を飲ませようとして、手と手が不意に触れ合って……
「あああっ、邪念よ去れっ! 煩悩退散! 煩悩退散っ!」
私は頭を激しく振って、よこしまな気持ちを振り払う。
そして、治療の手引きを読もうと冊子を開きかけた、その時だった。
「むぅっ……」
「大佐! 目が覚めましたか?」
唸り声をあげたカイル大佐の方へ、私は身を乗り出した。
少し間をおいて、ゆっくりと彼は目を開く。
「これは……、倒れていたのか。すまない。鍛錬が足りないな」
「そんな!! 病気には誰でもなりますよ!」
いつも弱々しい様子のカイル大佐に、胸が痛む。
純粋に心配な気持ちが湧き上がると共に、先程までの煩悩一杯だった自分を反省した。
よし、真面目に看病しよう。いつも大佐にお世話になっているご恩返しだ!
私は心を入れ替えた。
「ええと、喉は渇いていませんか? 食事の準備も出来ますが……」
ひとまずお水をとってこようと立ち上がった私の腕を、大佐が掴んだ。
「えっ……、たいさ……?」
私はどきりとして固まる。
おそるおそる振り返ると、真面目な顔をしたカイル大佐と目が合った。
「コハル。話しておきたいことがある」
「……っ、は、はい」
私は息を飲むと、そのまま椅子に座り直した。