33話 食事会のメニュー作りを頑張ります!!
グルメシア研究所から帰還してから、私は和平食事会の準備に尽力していた。
日中は軍の仕事をこなしつつ、休みの日や空き時間にはメニューの研究をして、小さいながら畑も作って植物を自分で育ててみたりもした。
「うーん」
そんなある日、私は軍の拠点にある自室で、机の上にノートやメモ書きを広げたまま腕を組んでいた。
「メインディッシュが決まらない……!」
鬱憤を発散するように、わーっと叫ぶ。
その声に驚いて、近くで遊んでいた筋肉スライム達がぽよぽよ転がっていった。
新人研修以降、筋肉スライム達とバルキーモンキー達は、すっかり軍に居ついて馴染んでいる。筋肉による交流の効果か、他の軍人さんとも仲良くやっているらしい。
「わわっ、ごめんね!」
スライム達を拾い上げると、私は小さく溜息を吐いた。
「部屋の中で考え込んでいても、煮詰まっちゃうな……。
お散歩がてら、畑でも見に行ってみよう!」
私は数匹のスライムを連れて、自分の作った畑へと向かった。
「外の風はやっぱり気持ちいい!」
軍の本拠地の裏手を耕して作った畑には、アイアン芋、マッシブキャベツ、ショルダートマトが元気よく育っている。
水を汲んで生きたジョウロの中に、プロテインの滝の水を数滴たらして、私は日課となった水やりを行った。
その傍らで、バルキーモンキー達はスクワットしながら、畑の雑草取りに勤しんでくれている。
「みんな、ありがとうね!
お野菜たちも、立派に育ってきたなぁ」
少し離れた場所には、マッスルベリーやバーベル葡萄を育てている果樹園もある。
一生懸命お世話をしているとはいえ、ほんの数日でここまで成長してしまうのは驚きである。
「これだけの材料があれば…!
サラダに、スープに、デザートのフルーツ盛り合わせも出来そう。
でも、やっぱりお魚やお肉がないと――」
「どう思う?」とスライムちゃんに問いかけても、彼らはぷるるんと飛び跳ねるだけだ。
その姿に癒されつつも、水やりを終えた私は畑の傍の草原にどさりと寝転んだ。
仰向けになって空を見上げる。
雲がのんびりと流れていく、のどかな光景である。
「マッスルすみれは、花弁も葉も茎も食用に使えそう。
サラダや、デザートの彩りに。
アイアン芋はポタージュスープにしながら、具もごろごろと入れて歯ごたえを……」
ぶつぶつと呟きながら、私は次第に睡魔に襲われていった。そういえば、最近、あまりゆっくり眠っていなかった気がする。勿論、発光する写真集の影響ではなく、食事会の準備に集中していた為だ。
「ふぁ……」
私はそのまま、夢の世界へといざなわれる。
スライムが優しくぽよよんと頭を撫でてくれた気がした。
◇ ◇ ◇
「コハル……、コハル、起きるんだ」
「はっ……!?」
私はカイル大佐の声で目を覚ました。空を見れば、既に日は傾きかけている。
どうやら、随分と長く眠ってしまっていたらしい。
「わわっ、すみません! 私、うっかり眠ってしまって……!」
「それは構わないが、寝るならきちんと部屋に戻った方が良い。
確りと体を休めるのも、鍛錬の内だぞ!」
「はい、気を付けます……」
私はしょんぼりと俯いたが、すぐに顔を上げて口を開いた。
「大佐……、でも、食事会のメニューがまだ決まらないんです……!
休んでいる場合ではないというか、休んでいたら間に合わないというか!」
焦る気持ちを思わず零すと、大佐は片眉を持ち上げる仕草をした。
「コハル。君は、既にほとんど徹夜で作業しているだろう」
「ううっ。至らぬところが多くて、申し訳ない限りです……」
「そうじゃない。君はよく頑張っているし、皆もそれは分かっている。
だが、一人でできることには、限界があるということだ」
「そうですね……。
お野菜は何とかなったんですけれど、それだけじゃ、やっぱり足りなくて……」
寝不足も手伝って、上手く働かない頭を押さえてうんうん唸っていると、大佐から手を差し出された。
「ついてきなさい」
「ふえっ!?」
私は大佐の言葉に驚きつつも、その手を借りて立ち上がり、言われたままに後をついていくことにした。
私の作った畑は軍の本拠地の裏手にあるが、そこから更に林を抜けて、奥の方へと大佐はずんずん進んでいく。
「大佐、あの、一体どちらへ……?」
「――ここだ」
「……っ!! うわぁ……!!」
やがて辿り着いた場所の光景に、私は思わず言葉を失った。
切り開かれた土地に簡易的な柵が作られており、その中にはマッスルバードやバルクチキン、プロテインカウが飼育されている。
生簀まで用意されており、その中にはバーベルマグロやシックスパック・スズキがすいすいと泳いでいた。
「えっ、ええっ……!?
な、なんですか、どうしたんですか、これは!?」
ようやく言葉を取り戻した私が叫ぶと、大佐はニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「皆、君に協力したいということだ」
「みんな……?」
私が首を傾げていると、奥からぞくぞくと人が出てきた。
「筋肉聖女さま、私たちが木を倒して柵を作りました! 拳で!!」
一番にアピールしてきたのは、先日まで研修を共にした新入り軍人さん達だ。
「俺たちだって負けていないぜ!いけすを作ったんだ! むろん拳で!!」
それに被せるように声を掛けてくれたのは、先輩である軍人さん達。
「僕たちも、動物さんのお世話したよ!」
「毎日、ごはんあげたの!」
「聖女さまの為なら、これくらいどうってことないぜ!」
以前、炊き出しを行った村の人たちや、町の人の姿も見える。
「あっ……、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
私は胸がいっぱいになった。
食事会を提案したのは自分だし、筋肉聖女見習いにもなったし、なんとかひとりで頑張らないとと必死になっていた。
でも、私にはこの世界で、こんなにも協力してくれる仲間が出来ていたのだ。
皆さんは「サプライズ大成功!」と嬉しそうに笑っている。
私もつられて笑った。ちょっとだけ泣きそうになるのを、なんとか誤魔化した。
「だけど、一番すごいのは、やっぱりカイル大佐だよな!」
「そうとも、俺たちに声を掛けてくれたのも大佐だし!」
「ええっ!?」
続く軍人さんたちの会話に、私はカイル大佐を見上げる。
大佐はあからさまに視線を上へそらしていて、その表情はよく見えない。
「まず、ここら一体の林を、吹き飛ばして更地にしてくれたからな!」
「そこからだったんですね……!?」
「あと、ここに居る動物たちも、全部つれて来てくれたんだよな!」
「流石の捕獲能力……!」
「作業休憩時間の筋トレ指導にも熱がこもっていたよな!」
「そこは通常運転で安心しました!!」
先程まで不安と悩みでいっぱいだった私の胸の中は、不思議な位に清々しく幸せな気持ちで溢れていた。
まだ、何も完成した訳じゃない。だけど、きっと何とかなる気がする。
こんなにも心強い仲間たちが、大佐が、いてくれるのだから。
「大佐……! ありがとうございます!!」
私は満面の笑みで大佐へとお礼を告げた。
「構わない」
短い言葉と共に、少しだけ大佐の目線がこちらへ戻ってくる。
「さあ、ここからが本番だぞ!
君のメニュー作りを見せて貰おうか!」
「……! はいっ! 皆さんも、試食役お願いしますね!!」
「「「まかせろー!!」」」
こうしてわいわいと、食事会のメニュー……特にメインディッシュ作りが始まったのだ。