32話 ぐんぐん育つ、植物の秘密!
軍の新人研修が終了して数日後、私とカイル大佐はダンベリア国の研究施設を訪れていた。
『プロテインの滝の水の効果が判明したので、報告したい』という手紙を受け取ったからだ。
「お時間を頂き、ありがとうございます。
カイル大佐、筋肉聖女さま」
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございます!」
「私は主任研究者のプロティーナです。
さあ、どうぞこちらに」
眼鏡をかけた白衣姿のマッチョ男性研究者――プロティーナさんに案内されて、私たちは研究施設の奥へと進んでいった。
研究道具と筋トレ道具が同列に並ぶ棚のひしめく廊下を抜けて、辿り着いたのは開けた場所。
「わあっ!」
「ほう、これは……!」
私とカイル大佐は、思わず感嘆の声を上げた。
目の前に広がっているのは、広大な畑だ。
研究施設の裏庭だと思われるその場所に、青々と作物の育った畑が広がっていた。
「凄いですね。ここではいつも植物の研究を行っているんですか?」
「いえ。ここは元々、研究員たちの筋トレ広場だったんですが……」
(研究員たちの筋トレ広場??)
「プロテインの滝の水をお預かりしたので……。
試しにその水で花でも育ててみようということになりまして。
その、第一号がこちらです」
プロティーナさんが指で示すが、其方には柱があるばかりで植物はない。私は首を傾げた。
「……? あの、お花がどこにも見えませんが……」
「いえ、その、上です」
「上……?? うわぁっ!?」
私は腰を抜かしそうになった。
見上げた先には、巨大な、私の顔程の大きさのマッスルすみれの花があった。
柱だと思っていたのは、太く成長した植物の茎だったのだ。
「ひええっ。な、なんですか、これは!?
私の知っているマッスルすみれは、もっと小柄な花なんですが……!」
「はい。それが、育成中にプロテインの滝の水を与えたところ、一晩でここまで成長しまして」
「一晩で!?」
「うぅむ。これは……良い筋肉だな!」
「スミレにも筋肉があるのでしょうか……」
カイル大佐の言葉に私は困惑していた。
しかし、当のマッスルすみれは風に揺られて、満足げにマッスルポーズをとっている……ように、見えた。
「そんなわけで、このプロテインの滝の水には、植物の成長促進や発達を強化させる効果があると考えまして。他にも色々と試してみたのです。
そうして出来たのが、この畑ですね」
「わあっ、それじゃあ、ここの植物は全部、プロテインの滝の水で育ったんですね!」
「ええ。濃度が高すぎると全て、このマッスルすみれのように巨大化してしまうので、滝の水をかなり薄めて使いました。
それでも十分な成長促進効果が認められましたよ」
数日で完成したという生き生きとした畑の景色に私は改めて感動を覚えたが、すぐにハッとする。
「こっ、これ、使えますよ!
この植物が食べても問題ないものなら、食糧難の解決にピッタリじゃないですか!」
「はい。そう考えて、研究員一同で、さっそく試食してみたのですが……」
「え、もう食べたんですか!?
そんな、何の躊躇もなく……! 研究員全員で!?」
「はい。集団筋トレ後に、みんな、お腹が空いていたので……」
(研究所の集団筋トレ……??
食べた理由はお腹が空いていたから……??)
「しかし、その結果は――」
プロティーナさんの表情がくもり、言葉が途切れる。
私と大佐は息を飲み、顔を見合わせた。
何か良くない効果が出てしまったのかもしれない。それでも、解決の為には事実を知ることが必要だ。
私は気を引き締めて、彼に話の続きを促した。
「結果は、どうだったんですか……!?」
「なにも……」
「なにも?」
「なにも、起きなかったんです……」
「えっ、は、あ、ええっ……?」
「てっきり、この水で育った作物を食べたら、もっとムキムキになれると思ったのに……!
何の変化も起きない、ただの美味しい食物でした!!」
「それで良いんですよ!!!」
私は食い気味に突っ込んだ。
「グルメシアの方にも食べて貰う予定ですからね!
変にムキムキ効果がある方が、みんな困惑しちゃいますから!!」
「その通り!
筋肉とは鍛錬で付けるものだ。食事の効果に頼るものでは無い!!」
カイル大佐の力強い言葉に、プロティーナさんはがっくりと膝を付いた。
「ううっ。私が浅はかでした。
また一から、修行し直します……」
「いえ、あの、変な方向に話がむかっていますが、成功ですよ?
食物育成大成功の、おめでたい流れですからね……?」
「ああ、筋肉聖女さま、なんと慈悲深いお言葉!」
「でも本当にお手柄ですよ、研究員さんたち!
おかげで、和平の食事会へ一歩も二歩も前進です!
この野菜や滝の水、少し分けて貰っても良いですか?
私も自分で色々と試してみたいので……」
「勿論です、筋肉聖女さま。
我々も引き続き、研究を頑張ります!」
こうして私たちは、プロテインの滝の水と、研究所の畑でとれた野菜たちを分けてもらって、軍へと戻ることになった。
その道中、荷物満載の荷車を軽々と扱いながら、カイル大佐が問いかけてきた。
「もう食事会のメニューは決めているのか、コハル?」
「いえ、まだ、まとまらないんですよね。
図書館で調べてきたノートと、毎晩睨めっこしてるんですけど……」
「そうか。頑張るのは良いことだが、無理はし過ぎるなよ」
「えへへっ、ありがとうございます!
でも、皆さんの期待にこたえたいですし、出来ることはしたいんです」
「君はいつも一生懸命だな」
「それだけが取り柄ですから!」
「……それ以外にも、私は知っている」
「ふえっ!?」
私はドキッとして立ち止まる。
聞き返そうとしたが、大佐はそのまま荷車を押して進んでいってしまう。
「ま、待ってください、大佐! 大佐―っ……!」
そしてこの日から本格的に、食事会へ向けてのメニュー作りがスタートしたのだった!