31話 再会! そして暗躍する陰謀の影!
謎の大爆発に吹き飛ばされた私とカイル大佐は、演習場から遠く離れた森の中に落下した。
――ドサドサドサァッ!!
私はその衝撃に身構えたが、痛みを感じることは無かった。
「あれ、痛く……ない!? ……はっ!!」
気が付けば、私は半裸のカイル大佐に抱きかかえられていた。いわゆるお姫様抱っこの状態である。
大佐に守って貰ったおかげで、無事に怪我無く着地できたのだろう。
「大丈夫か、コハル!」
「ひょえっ!? 無事ですっ!
あ、あああ、ありがと、ございま……!?」
真面目な顔で訊ねてくる大佐に、私は真っ赤になって固まる。
感謝の気持ちでいっぱいではあるが、それ以上に今の状況は心臓に悪い。
好きだと自覚してしまった大佐に抱きかかえられているだけでも、ドキドキしてしまうのに。
密着している大佐の上半身の服は、当たり前のように弾け飛んでいた。いや、多分、先程の爆発で吹き飛んだんだと思うけれど。
「大胸筋が……腹筋が……まるで筋肉の宝石箱や……ぴぃ」
私の脳はオーバーフローを起こし、意味不明な言葉を呟きながらがくりと目を閉じる。
「コハル、本当に無事なのか!?
どうした、コハル、コハル――ッ!!」
大佐は慌てて、私の身体を揺さぶる。
そんなやりとりに割り込むように、聞き覚えのある声が響いた。
「……なあ、そろそろ、俺たちに気づいて貰って良いか?」
「むっ?」
「ふぇっ?」
その言葉に反応した私たちが顔をあげれば、そこにいたのは十数人の軍人達。
ただし、軍服はダンベリアではなく、グルメシアのものだ。
そしてその中心で腕を組みながら困惑顔なのは、赤髪の――
「グルメシア精鋭軍の、リーダーさん!」
「ハバネロだ。それに、今はもう精鋭軍じゃない」
「えっ、どういうことですか?」
「とりあえず、降りてきてくれ」
「降りる、って、何から……」
私が不思議そうに首を傾げながら足元を見ると、そこには巨大なマッスルエレファントが倒れ伏していた。
「ひえええっ!? なんですかこれは!?」
「どうやら落下の衝撃で倒してしまったようだな」
カイル大佐は静かにそう言いながら、私を抱きかかえたまま地面へと降り立った。
「わわっ、あ、あの、もう大丈夫です! 歩けますっ!」
私は慌てふためきながら大佐の腕から解放してもらい、ほっと一息つく。
そうして私たちが落ち着いたことを確認すると、ハバネロさんは改めて話し始めた。
「どういう経緯でお前たちが飛んできたのかは分からんが……。
なんにせよ助かった、礼を言うぜ。
このゾウに襲われて危ない所だったんだ」
「偶然ですが、お役に立てていたんですね! それは良かったです」
「しかしお前達、マッスルエレファント一匹に負けるほど弱くは無いはずだろう?
筋肉が不足しているのではないか?」
「ちっ、言ってくれるじゃねえか!
こっちは腹が減って、本調子じゃないんだよ!
それに……」
ハバネロさんが、ちらっと背後に視線を向けた。
他の軍人さん達が、大きな荷物を背負っているのが分かる。
「随分と大荷物だな」
「森で確保した食糧だ。言っておくが、盗んだんじゃねえぞ!
ちゃんと食えるものを調べて、こうして集めているんだ」
「凄い!」
私は驚きと共に感動した。
美食信仰のグルメシア兵士さん達が、森で食糧を集めているなんて。
あの日、みんなで食べたプリンの効果があったのだろうか。
「この食糧を守ろうとして、迂闊に動けなかったんだよ。
俺たちは自前で材料を集めて、自国で炊き出しを始めたんだ。
派手にやると捕まるから、ひっそりとだがな」
「そうだったんですね。
だけど、エリートの皆さんなら、そう簡単には捕まらないんじゃ……。
あれ、でもさっき、”もう精鋭軍じゃない”って言いましたか?」
「そうだ」
ハバネロさんは深い溜息を吐く。
周りの隊員さん達も、少しだけ浮かない表情を覗かせた。
「俺たちは国に戻ってから、美食だけが全てではないことを王に進言した。
グルメリアス様は、最初は理解を示してくださっているように見えたが――」
そこで言葉を切った後、ハバネロさんは苦々しげに続けた。
「ある日突然、俺たちは精鋭軍を解任された。
一応、軍人としての籍は残っているが、ただの一般兵扱いだ」
「突然解任!? 王様は何か仰っていたんですか!?」
「いや、何も説明がなかった。
だけど、それと同時に、国に新たな”相談役”が就任したんだ。
精鋭軍の地位も、そいつの取り巻きに奪われた形だな」
「相談役?
今までもグルメシアはそういう制度だったんですか?」
「まさか! だから突然の出来事に、みんな驚いているんだ。
しかもその相談役は、突然現れた怪しい魔術師なんだよ!」
「怪しい、魔術師……?」
「ああ、確か……ビルド・マッソとか言ったかな」
「ビルドさんが!?」
「あいつか!!」
その名前を聞いた瞬間、私と大佐が同時に身を乗り出した。
ハバネロさんはその勢いに少し圧倒されていたが、すぐに問い返してくる。
「なんだ、お前達、あいつを知っているのか!?」
「知っているも何も――!
ああ、でも、なんて説明すれば良いの!!」
私は頭を悩ませる。
まさか、この世界のバグです、なんて言っても意味不明だろうし。
「とにかく、ダンベリアとグルメシアの和平を阻もうとしている人です!
危険ですよ……!
グルメシアの王様は、ビルドさんのことを信用してしまったんですか!?」
「そんなにヤバい奴なのか!?
城にいる知り合いに聞いた話だが……。
王は最近では、そのビルドとしか碌に会話もしていないらしい」
「ふむ。介入工作をしてきたか」
一連の会話を把握した後、カイル大佐の冷静な声が響く。
「今すぐ、筋肉で殴り飛ばしに行くぞ!」
解決策は特に冷静ではなかったので、いったん白紙にさせて頂く。
「殴り飛ばして貰いたいのは山々だが、あいつはずっと我が王の傍にいる。
簡単には近付けないぜ」
「ハバネロさん達の方で、なんとか説得するというのは……」
「難しいだろうなぁ。
すでに話すら聞いて貰える状態にない」
その場は沈黙に包まれた。
今すぐ解決できる方法を、誰も思いつくことが出来ない。
しばらくの後、それでも、と私は口を開いた。
「実は私たち、和平のための食事会を王に提案しているんです。
それがうまくいけば……!
グルメリアス様も、きっと分かってくださると思うんですが!」
私は願いをこめて言う。
「成程、食事会か。
カッカッカ! 聖女さまらしいやり方だな!」
ハバネロさんや、他のグルメシア兵士さん達も頷いてくれた。
「取り合えず俺らは、ビルドの奴を出来る範囲で見張っておくよ」
「良いのか? 軍での立場が、さらに危うくなるのではないか?」
カイル大佐の指摘に、ハバネロさんは軽く笑う。
「すでに崖っぷちだし、どうってことねえよ!
それに国を守りたいのは俺たちも同じだ。
そのためには――これ以上の、不要な戦争は避けるべきだ」
「……そうか」
その言葉を聞いて、カイル大佐は重々しく話す。
「私の目的も、国を、そしてコハルを守ることだ。
君たちの協力には感謝する。
だが、万が一の時には……、戦い合わなくてはいけない未来もあるかもしれない」
「大佐……」
その厳しい言葉に、私は息を飲む。
けれど、大佐はすぐに、頼もしい笑みを浮かべた。
「そうならないように、こちらも尽力しよう。
互いに健闘を祈る!」
そして、握手の為に手を差し出す。
ハバネロさんもその手を握り返して、協力関係が成立した。
「分かったぜ!」
「頑張りましょう……皆が幸せな、ハッピーエンドの為に!」
こうして互いの意志を確かめ合って、私たちはグルメシア兵士さん達と別れを告げたのだった。
◇ ◇ ◇
カイル大佐と私は、徒歩で軍の演習場へと帰還していく。
ちなみに大佐には着替えを渡したので、ちゃんと彼は上着も身に付けた状態だ。
「そういえば、そもそも、なんで私たち吹き飛んだのでしょうか……」
ここにやって来た経緯を思い出し、私は首を傾げる。
「ふむ。おそらくだが、コハルの筋肉聖女の力の為だろう」
「や、やっぱり……!?
すみませんっ。でも、だからって、何で爆発……!」
「謝ることは無い。
まだ、力に目覚めたばかりで不安定なのかもしれないな」
「そうですね……。
いつ力が発揮できるのかも、よくわかりませんし……。
気合が入った瞬間に、よく光っている気がするのですが」
「コハルの光に触れた瞬間、私の筋肉が共鳴していた。
そのマッスルパワーの増大に空間が追い付かず、爆発が起きたのかもしれないな」
「あの、いつも大佐が上着を弾け飛ばしている、あれを増幅させちゃった感じですかね……!?」
これはもしかして、自由自在に使えるようになったら、とんでもないことになってしまうのでは。
おそるべし、筋肉パワー。筋肉聖女パワー。
「……しかし、よく頑張ったな」
「ふぇっ?」
「研修の話だ。よく、諦めずに走って勝利した!
上官として、誇りに思うぞ」
「大佐っ……!」
しっかりと褒めて貰って、私の胸はぽかぽか温かくなる。
筋肉聖女としてではなく、私自身の頑張りを褒めて貰ったことも、なんだか嬉しい。
「私、お食事会、頑張りますね!」
「ああ、私も、他の皆もついているぞ!」
「やったー!!」
「さあ、帰って研修の打ち上げだ!」
「打ち上げなんてあるんですか! 楽しみです!」
「打ち上げの、筋トレ祭りだ!」
「そんなことじゃないかと思っていました……!!」
こうして軍の緊急新人研修は、無事に終了することが出来たのだった。
◇ ◇ ◇
そしてその頃、ダンベリア国内の研究所では驚きが広がっていた。
あのプロテインの滝の水に、とんでもない効能が発見されていたのである――!